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「た、ただいま」
ランドセルを背負ったひ弱そうな少年が、恐る恐る帰りを告げる。
「アンタ、またいじめられたのかい?」
ボサボサの髪を掻き上げながら気怠そうに女が問いかける。
「う、ううん。これは転んで擦りむいただけだよ」
ボロボロのランドセルを背負い、膝と肘から血を流しながら少年はそう答える。
バキッ
「嘘言うんじゃないよっ!このグズがっ!そんなんだから舐められるのさっ!」
母親の振るった拳により鼻血が出るが、少年は拭おうともしない。
余計な事をすると、暴力が終わらないからだ。
「ご、ごめんなさいっ」
幼い頃からの吃音はそれでも誤魔化せない。
何を聞いても謝る少年の反応に飽きがきていた母親は、舌打ちをする。
「チッ。アンタを見ていると、出て行った能無しを思い出してやんなっちゃうよ」
母親は少年へそう言い捨てると、風呂場へと向かった。
これから夜の仕事へ向かう準備をするようだ。
少年はそれを見届けると、日課の家事に取り掛かった。
「お前んちのババァのせいで、ウチの親が離婚しそうなんだぞっ!」
別の日。少年が学校に行くと、授業中にも関わらず糾弾される。
少年の母親が働く店に、件の少年の父親が入り浸ったことによる家庭の不和が、糾弾の原因だった。
「ご、ごめんなさいっ」
少年は謝る。謝ることしかこの場を逃れる術を知らないのだ。
「先生っ!コイツと同じクラスなんて嫌だっ!みんなもそうだろう!?」
謝るが、その想いは届かない。
「雨宮、謝れ。お前の謝罪の気持ちが足りないから、みんなが困っているんだぞ?」
教師は少年に、お前の親が原因なんだから、この場を何とかしろと告げる。
「か・え・れ」
一人の児童がリズムをつけて、そう言うと……
「「か・え・れ!」」
「「「か・え・れ!」」」
その声は手拍子と共に、クラス中に広がっていく。
「雨宮ぁ。お前のせいで授業にならないぞ?どうするんだ?あん?」
教師は言外に帰れと告げる。
「で、でも。給食が…」
「お前はみんなに迷惑をかけることよりも、昼飯が大事なのか?」
はははっ。と教師が笑うとクラス中にそれは伝染した。
「そ、早退します」
「ああ。そうしろ」
少年は教室を飛び出して行った。
時間はまだ午前中。少年に行く宛などない。
帰る家もない。帰ればヒステリックな母親から暴力を振るわれ、追い出されるだけだ。
そして食べ物もない。
前日の給食から何も食べていない少年のお腹が鳴る。
「なんだい?それは?」
下校時間になり、漸く家へと帰れた少年に母親は聞いた。
「こ、これは、知らないお、お姉さんから食べなさいって…貰った、ぱ、パンだよ」
午前中は学校近くの橋の下に身を隠していた少年だったが、空腹に耐えかね、何か食べられる物はないかとウロウロとしていたところ、通りかかった見ず知らずの女性が、鞄に入っていた菓子パンを少年に与えたのだ。
もちろん女性は初めから少年にパンを与えるために近づいたわけではなく、小学生がこの時間に何をしているのか気になったから善意で声を掛けたのだ。
女性が何を聞いても要領を得ない言葉しか返せない少年だったが、空腹だけは伝えることが出来た。
では、なぜその菓子パンを食べずに、少年は家へと持って帰ったのか?
「た、食べても、いい?」
母の許可を得るためだ。
「こ、この恥知らずがっ!!」
バキッ
「お前は物乞いかっ!」
ドスッ
「ぐえっ」
殴られても声すら上げない少年だが、腹を蹴られれば空気が抜ける。
この嘔吐きだけは我慢のしようがなかった。
「ふぅーふぅー」
興奮した母親は息を荒げる。
「次に同じ事をしたら殺すからね!」
バサッ
般若のような形相をした女は、菓子パンをゴミ箱に捨てた後、風呂場へと向かって行った。
ぐぅぅ…
少年の腹の虫は鳴りやまない。