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かくれんぼ。

7 - 第7話 かくれんぼ。(2)

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2025年05月30日

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『鬼ごっこ。』はもっきー視点だったので、こちらはりょさん視点で進みます。



僕の話を聞いた社長は、しばらくの間じっと考え込むように顎に指を添えて俯いていた。

どう説明しようか悩んだ末、元貴たちの傍を離れるためには社長の手助けが不可欠だったから、結局全部打ち明けた。現在の病状も今後の可能性も、それに伴ってMrs.を抜けたいことも。


「……辞める必要はないんじゃないか」


引き止めてくれるだろうとは思っていた。元貴の音楽を世界に広げるために、僕も必要だと言ってくれるだろうなとは思っていた。そのくらい現在の僕たちは、バランスの取れたグループになっているから。

そんな予想通りの反応を嬉しく思いながらも、僕はゆるりと首を横に振る。


「失明まではいかなくても、進行すればステージに立つことは難しくなるし、大森の音楽を弾くことができないなら、僕はいるべきじゃないと思ってます」


現在進めている新曲のレコーディングが終わったタイミングで、僕はいなくなるべきだと続ける。難しい表情を崩さないまま、社長は真っ直ぐに僕を見て穏やかに言った。


「音楽だけが……ライブに立つことだけが、藤澤の価値じゃないだろう」


――そうだろうか。いや、そうかもしれない。そうだったらいいと思うけれど……、どうしようもないほどに僕はMrs.でいたかった。最後まで、最後こそ、Mrs.で在りたい。Mrs.でいられるうちに終わりを迎えたい。


音楽が好きだ。幼い頃からずっと音楽と共に生きてきた。ピアノをやって、フルートをやって、キーボードをやって、アコーディオンをやって、シンセサイザーにも触れてきた。

そして運命的に元貴の音楽に出会って、僕が音楽をやってきたことの意味を見出して、元貴の作り出した世界の中で呼吸をして、元貴の歌で心臓を動かしてきた。


世界には盲目でもピアニストとして活躍されている方だっている。完全に失明する可能性は低いと言っていたから、その人たちに比べれば恵まれているだろう。元貴にきちんと説明をして、完治はしないけれど薬物治療を続け、楽曲演奏でもかかる負担を減らしてもらえば、もしかしたら続けられるかもしれない。


でも、全てに於いて完璧を求める元貴の足枷になりたくない。元貴の描く世界の表現を、僕のせいで制限したくない。そんなことをしたら元貴が生み出す世界ではなくなってしまう。


もしも元貴にそんなことをさせてしまったのなら、僕自身が自分の価値を認められない。


「……大森の創り出す世界が好きで、大森がやりたいことをやっている姿を見るのが好きで、大森と若井が楽しそうに演奏して笑っているのが好きで……」


昨日あんなに泣いたのに、じわ、と目が熱くなる。


「だから、二人には……ずっと、しあわせでいて欲しいんです」


元貴と出会って僕の人生が幸福に満ちていたように。つらいことも苦しいこともあったけれど、最後はみんなで笑っていられたように。言葉にできないことを、音楽を通して伝え合えたように。

元貴と若井の二人には、これから先もずっと楽しく音楽をやって欲しい。僕を気遣って、僕のせいでやりたいことをやれない、そんな状況を生み出したくない。


「……藤澤が抱えている絶望に、軽々しく共感も同情もしない。だけど、この選択は間違いなくあの二人を傷付けるよ。ともすれば、崩壊してしまうほどに」

「ッ」


責める雰囲気のない、穏やかで諌めるような口調で告げられた言葉に小さく息を呑んだ。


なにも言わずに姿を消すことで、元貴と若井に衝撃を与えることは申し訳なく思う。繊細な元貴を傷付けてしまうことも分かっている。やさしい若井に苦労をかけることも、ちゃんと自覚している。

とはいえ、休止も解散もせず、今までどおりに奇跡を紡いで欲しいと考えたら、これ以外の方法が思い浮かばなかった。僕の異変に気づかせる前にさっぱりと抜け出さなければ、無理にでも切り替えさせる状況を作り出さなければ、元貴たちの歩みを止めてしまう。


元貴はMrs.そのものであって唯一の存在だし、元貴にとって若井は代えのきかない親友だけど、腕のいいキーボード奏者は他にも沢山いるだろう。僕じゃないとダメだと言ってくれる想いを踏み躙るようで心苦しいが、そうしてもらうしかない。


……どのみち、僕が今までどおりに演奏ができなくなる日は近い。

だんだんと見えづらくなる視界だけならまだしも、視野狭窄も起こってしまうとキーボードの幅が認識できない。ライブステージは照明を落とすことが多いから、そうすれば鍵盤すら見えないだろう。暗いほどよく見えないからステージ上を動き回ることもできない。

それが本当に元貴の作りたい世界なの? 元貴が表出したい音楽なの? 衣装も演出も構成も、あんなに作り込んでいるのに?


僕という存在がいれば完成する? そんなはずがない。

僕は元貴の音楽を作るひとつの要素にすぎない。歯車のひとつであって、絶対じゃない。


「急いで結論を出さなくてもいいんじゃないか? もう少し考えて、音楽に関わる方法はいくらでもある」


俯いて黙り込んだ僕に社長はやさしく言った。


もう少し……? あとどのくらい猶予があるか分からないのに? 目を覚ましたとき、今と同じように見えているとは限らないのに?

確かに音楽に関わっていたかった、だけどそれでは。


「……ッ、ない……ッ!」

「え?」


食いしばるように拒絶する僕に、社長が狼狽えたような声を上げた。合理的で冷静な社長にしては珍しい。顔を上げると目から涙がこぼれた。社長が目を瞠った。


「元貴の求める音を出せないなら生きてる意味がない……! 元貴に、要らない、って言わ、れたらッ、生きていけない……っ」


慟哭して言葉を吐き出した僕に、社長が息を呑んだのが分かった。


世界を見ることができない目では、元貴の世界を再現することなんてできやしない。今日は弾けても明日はどうか分からない。いつの日か元貴の顔さえ見ることができなくなるかもしれない。

静かに忍び寄る足音を聞きながら、キーボディストではいられなくなるその瞬間を、Mrs.で迎えろっていうの? 元貴の世界を俺の手で破壊しろっていうの? 元貴の口から、お前なんて要らないって言われる日を待てっていうの? そんなの、死ぬよりも、ずっとずっとこわい。


そうだよ、俺はこわいんだよ。見えなくなることがこわいんじゃない。元貴に、心から愛する彼に、お前なんて必要ないと言われることがこわくて仕方がないの。だから、その前に逃げ出したい。最低で、卑怯で、最悪だと罵られても。元貴たちの足を止めたくないのも本心だけど、本音はもっとずっと独り善がりだ。


「……すまなかった」


頬にやわらかなハンカチがあてられた。いつの間にか僕の横に立っていた社長から頭を下げてそれを受け取って、涙があふれでる目元を押さえた。

社長は悪くない。お願いする立場なのにこんな風に泣く僕の方が悪い。


「きみの描いたシナリオを聞こう」


僕が落ち着くのを待って、再び向かいに腰掛けた社長に、僕の計画を語った。

聞き終わった社長は、退所の許可を出し、計画が完遂できるようにサポートをすると約束してくれた。新曲が完成するまでに僕の新しい部屋も用意してくれるという。信頼できる業者に引越しを依頼するから、新曲完成までの間は、元貴と若井を部屋に近づけないようにと念を押された。


僕が雲隠れした後の元貴と若井の反応や、二人と話すと決意が揺らいでしまうから、二人に伝える方法やその後の対応をお任せしたいことなんかも伝えていく。社長は時折口を挟むことがあったが、僕の願いも望みもきちんと聞いてくれた。


「……もしも大森が立ち直らなかったら?」


全ての段取りを決めた最後に、社長がビジネスマンの表情をして言った。元貴の崩壊は事務所として多大なる損失を生むことになるからだ。もしそうなったら責任の一端は僕にあるだろう。

でもね、そんなの杞憂だよ。


「……元貴には若井がいるし、若井には元貴がいます」


僕がつけてしまった傷も、あの二人なら乗り越えられる。だから大丈夫。二人を捨てて逃げ出すような僕のことなんてさっさと忘れて、もう一度やり直せる。


「……誰よりもあの子たちを理解しているきみが言うなら、それを信じようか」


どこか呆れたように息を吐いた社長に首を傾げると、仕事も大切だけれど体調を第一に考えるように、と言い含められ、話し合いは終了した。


それからは、薬でなんとか症状を抑えながら、元貴たちを欺く日々が始まった。


明るい部屋ではそこまでではないけれど、暗くなるにつれて視界に靄がかかったように見えづらくて、さらに急に視野が狭くなることもあって距離感がうまく掴めず、ものを落としてしまったり腕や脚をどこかにぶつけたりしてしまうことはあった。

不本意ながら普段でもよく躓いているからか、おっちょこちょいだなぁ、気をつけてよ? と二人は心配してくれたけれど不審がることはなかった。複雑だけど、まぁ良しとする。


なにがなんでもステージには立った。演出の仕方は元貴の意見が絶対だから暗くなることもあったけれど、薬がよく効いたのかなんとか乗り切れた。

気持ちの問題なのかもしれない。最後かもしれない、明日にはもう見えなくなるかもしれない、そんな恐怖と覚悟が、僕に演奏をさせてくれたのかもしれない。


レコーディングも割と滞りなく進めることができた。たまにミスることがあっても、ごめーん、と何でもないふりをして録り直しをしてもらった。心中穏やかではいられなかったけれど、これを形にするまではどうか持ち堪えて、と祈るような想いで鍵盤に指を置いた。


録り終わっていくことに安心する反面、レコーディングが進むたびにひとつずつ減っていくカウントに胸が苦しくなる。それでも最後まで僕はMrs.でいられた。

社長に話をしてから一ヶ月が経過したレコーディング最終日、元貴のお疲れ様でしたーの声で、カウントがゼロになった。


「今日元貴の家に行ってもいい?」


きみのそばに居られる最後の日だ。


続。

そろそろ飽きてませんか? 大丈夫です?

それにしてもみなさんの察しの良さには脱帽……己の未熟さに赤面するばかりです。

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