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エデンの塔の最上階。
玉座の間へと続く最後の通路は、壁も床もすべてがクリスタルでできた「鏡の間」だった。
「……何、ここ。
自分の姿が、いっぱい映ってる……」
元貴が不安そうに、
透けかけた自分の猫耳を触る。
鏡の中の元貴は、現実よりもさらに色が薄く、今にも消えてしまいそうに見えた。
その時、鏡の面が歪み、三人の「一番恐れている光景」が映し出された。
若井の前の鏡には、「完全に指が動かなくなり、元貴に置いていかれる自分」。
涼ちゃんの前の鏡には、「両耳の光を失い、二人の奏でる音が一切聞こえなくなった自分」。
そして、元貴の前の鏡には、「若井と涼ちゃんを自分のせいで死なせてしまい、一人だけ透明な精霊になって永遠に彷徨う姿」。
「……っ、やめろ! 見せるな!」
若井が不自由な右腕を押さえ、膝をつく。
鏡の中の幻影は、残酷な言葉を投げかけてくる。
『お前はもう音楽家じゃない。元貴の足枷でしかないんだ』
涼ちゃんも、聞こえるはずの右耳まで塞いで蹲る。
『音を失ったお前に、何ができる? 二人の旋律を汚すだけだ』
「……違う。……そんなの、僕たちが信じてきたものじゃない……!」
元貴は震える声で叫ぶが、鏡の中の自分は冷たく微笑む。
『お前が二人を不幸にしたんだ。
ほら、二人の体を見てごらん。お前の身代わりでボロボロだ』
三人の距離が、物理的にも精神的にも離れていく。
鏡の間には、互いを疑い、自分を責める「不協和音」が満ちていった。
その時、元貴の胸元で黒い羽が鈍く光り、ノートがバサバサと捲れた。
十三個目の音符、『試練』。
「……若井。……涼ちゃん」
元貴は、地面を這うようにして、二人の元へ歩み寄った。
透明化が進み、足の感覚はもうほとんどない。
けれど、元貴は必死に二人の手を、その透けかかった指で包み込んだ。
「……鏡の中の僕は、嘘つきだ。
……若井、君の右腕は、僕を抱きしめるためにあるんだよ。
……涼ちゃん、君の右耳は、僕たちの未来を聴くためにあるんだ」
元貴の琥珀色の瞳から、一筋の涙がこぼれ、鏡の床に落ちた。
「……不自由だって、欠けてたっていい。
……僕は、この腕と、この耳と一緒にいたいんだ!!」
元貴の叫びが、鏡の間のノイズを打ち消した。
若井が顔を上げ、不自由な右腕で、元貴の透ける手を強く握り返す。
「……ああ。……悪かったな、元貴。
……俺は、俺の音を信じる。
お前が愛してくれた、この『欠けた音』をな!」
涼ちゃんも立ち上がり、フルートを構えた。
「……聞こえなくてもいい。僕の心には、ずっと二人の音が鳴り響いてる!」
三人が手を取り合った瞬間、周囲の鏡が粉々に砕け散った。
幻影は消え、そこにはただ、ボロボロになりながらも笑い合う三人の姿があった。
その時、ノートに十四個目の音符が刻まれた。
『信頼(トラスト)』。
「……よし。……全部集めてやるよ。……あとの音符も、全部!」
砕け散った鏡の破片が光の粒となり、元貴の透けていた体に吸い込まれていく。
完全ではないが、元貴の体に確かな「重み」が戻ってきた。
三人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
玉座の間の扉が、今、ゆっくりと開かれる。