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重厚な扉の向こうに待っていたのは、白銀のドレスを纏い、
冷徹な瞳をした美しい女性——エデンの現統治者、女王セレナだった。
彼女の傍らには、かつて元貴を襲った仮面の男たちが膝をついている。
「……また一つ、汚れなき音がこの場所を穢そうとしている。元貴、お前の帰還は、エデンの崩壊を意味するのだよ」
セレナの声は低く、まるですべての響きを吸い込むブラックホールのようだった。
「セレナ様……。
父さんは言ってた。
エデンは誰かの犠牲の上に成り立つ場所じゃないって!」
元貴が叫び、一歩前に出る。
透けかけた猫耳が、彼女から放たれる圧倒的な「拒絶」のプレッシャーに耐えるようにピンと立っている。
「あなたの父は理想主義者すぎた。
……見なさい。
この地の下に流れる、世界中の『嘆きの音』を。
誰かがその身に吸い込み、浄化し続けなければ、この楽園は一瞬で崩壊し、外の世界も絶望に飲み込まれる」
セレナが杖を振ると、床が透け、地底で渦巻くどろどろとした黒い「音の塊」が見えた。
「元貴、お前がその身を捧げれば、あと千年は平和が保たれる。
……人間たちよ、その獣人を渡しなさい。
そうすれば、お前たちのその不自由な体も、元の完璧な姿に戻してあげよう」
若井と涼ちゃんの前に、黄金色の光の粒が舞う。
それに触れれば、右腕も左耳も、かつての輝きを取り戻せる——そんな甘い誘惑が二人を包んだ。
「……完璧な体、か」
若井が、動かない右腕をじっと見つめる。
「……元通りの耳、……魅力的な提案だね」
涼ちゃんが、静かに目を閉じる。
セレナが勝ち誇ったように微笑んだ。
しかし、二人は同時に、鼻で笑い飛ばした。
「断る。
……俺のこの腕は、こいつを抱きしめて、一緒に泥をすする覚悟を決めた証なんだよ。
……今さら綺麗に戻って、何の意味がある?」
若井が左手でリュートを叩き、不協和音を響かせる。
「僕も。
……片耳で聴く元貴の声の方が、両耳で聴く世界のどんな音楽よりも美しいって、もう知っちゃったから」
涼ちゃんがフルートを構え、セレナの光を風で吹き飛ばした。
「……愚かな。
……ならば、その不完全な音と共に、この世から消えなさい!」
セレナが叫ぶと、地底の「嘆きの音」が巨大な影の獣となって三人を襲った。
絶体絶命の重圧。しかし、その時、元貴のノートがかつてないほど激しく波打った。
十五個目の音符、『拒絶(ディナイアル)』。
十六個目の音符、『覚悟』。
「……若井、涼ちゃん!! 合わせるよ!!」
元貴が叫ぶ。
「僕が吸い込むんじゃない。
……三人の音で、この絶望を『歌』に変えて、空へ逃がすんだ!!」
元貴の琥珀色の瞳が黄金の炎を宿し、透けかけていた指先が、若井と涼ちゃんの肩を強く叩いた。
三人の音が、王の間の冷たい空気を震わせる。
不自由な腕、聞こえない耳、消えゆく体。
その「欠陥」こそが、今やセレナの完璧な魔力を打ち破る、唯一の武器となっていた。
ノートに十七個目の音符が刻まれる。
『反逆』。