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法雨が荷解きに着手してからおよそ数時間ほどが経過し、室内に差し込む光も、橙を帯び始めた頃――。
大方の荷解きを終えた法雨は、ふと、とある物を見つけると、声をあげた。
「アラ、懐かしい。――そう云えば、こんな物も持ってきてたわね」
「ん? なんだい?」
玄関口にダンボールを纏め終えたらしい雷は、そんな法雨のもとへと戻ってくると、穏やかに問うた。
― Drop.027『 The LOVERS:U〈Ⅱ〉』―
「――学生時代の卒業アルバム。――本まで断捨離するのは面倒だったから、本棚のものはまとめて詰め込んできたんだけれど……。――そのせいで、本当に雷さんに見られると恥ずかしい物まで持ってきちゃってたみたい。――困ったもんね」
「おや、そうだったか。――でも、俺にとっては、ぜひ見てみたい物だから、――断捨離しないでいてくれて良かったよ」
「やぁねぇ。――なら、尚の事、困っちゃうわ」
法雨は、言いながら苦笑すると、知らぬうちに新居にまでついてきていた高校時代の卒業アルバムを丁寧に開く。
そんな法雨の隣に腰掛けると、雷もゆったりと視線を巡らせながら、若かりし頃の“彼”を探した。
そして、すぐさまお目当てのレモン色を見つけると、しばし黙した。
「――? どうしたの?」
そんな雷の様子を不思議に思い、法雨が問うと、雷は、写真の中ではにかむ彼を見つめながら言った。
「――……いや、――若い頃から美人だっただろうとは思っていたんだが……、――想像以上に綺麗だったから、驚いてね」
演技でも冗談でもなく、本心から驚いているらしい雷の横顔に、法雨はしばし照れながらも苦笑する。
「もう、雷さんはすぐそうやって……。――昔のアタシまで甘やかさなくてもいいのに。――そんなに褒めても、これ以上は何も出ないわよ?」
そんな法雨に、雷は笑って言う。
「ははは。甘やかしてないさ。――本心が出ただけだよ。――それに、もう十分すぎるくらい色々と貰っているからね。――後は、君がここに居てくれたら、それだけで十分だよ」
そうして続けて贈られた言葉に苦笑すると、法雨は、
「もう……。――とことん、重症ね」
と、火照った顔を冷ます様にしながら、またひとつアルバムをめくる。
すると、そんな法雨を宥める様にして髪を撫でていた雷は、何故か再び黙すと、法雨を撫でる手をも固まらせた。
「アラ? ――今度はどうしたの?」
それを不思議に思った法雨が問うと、雷はぎこちなく応じながら、アルバム上のとある写真を示した。
「あぁ……いや……、――その……、――“これ”は……」
すると、その写真を見た法雨は、それを咄嗟に両手で覆うと、慌てて言った。
「ア、アラアラ! ――そ、そんな事もあったわね……っ! ――ええっと、こ、これは、その……、――ぶ、文化祭の時の写真なのよ。――クラスの女の子たちが、制服も着てほしいって言うものだから……」
「あ、あぁ、――な、なるほど。――文化祭か」
そうして雷を困惑させ、法雨を慌てさせた懐かしき写真に写っていたのは、これまで男子用の制服を着用していた若き法雨が――女子用の制服を着用した姿であった。
その当時の文化祭では、男子が女装をして客引きをするという催しをする事になったため、女子たちからの熱い要望に応えた法雨は、ありとあらゆる衣装をその身に纏い客引きをしていたのだが――、その写真には、ちょうど、同校の女子用制服を着用していたシーンが写されていた――というわけであった。
しかし、そんな写真上に写る若き法雨に対し、雷が黙してしまったのは、法雨が“女子用制服を着用していたから”というわけではなかった。
「まぁ……文化祭の催しでは、女装も男装もよくある事とは云っても……、――これはちょっと……、心配になる短さだね……」
法雨は、そうして――“法雨の女装”ではなく“法雨のスカート丈の短さ”を驚いてしまうあたりが雷らしいと思いながらも、しばし照れつつ弁明した。
「あ、あぁ……、スカートは、その……、中途半端に長いと、逆に落ち着かなかったから……」
そんな若き法雨のスカート丈がいかほどであったかと云えば、その真っ白な太腿がほぼすべて見えるほどの短さであった。
「まぁ……、女性たちが周りに居てくれたのなら、危ない目にも遭わなかっただろうし、――何事もなかったのならそれでいいんだが」
そして、“今”共に居る法雨の髪を撫でながら、サービスをし過ぎている若き彼を案じる雷を、法雨は愛しく想いながら、安心させるようにして言う。
「ふふ。――えぇ、もちろん。――本当に何事もなかったから大丈夫よ。――ありがとう」
「そうか。――それなら良かったよ」
そんな法雨の言葉に、改めて安堵したらしい雷は言うと、そっと法雨の髪に口付けるようにした。
そうして、それからまたしばし、高校生時代のアルバムから中学生時代のアルバムまでを寄り添い合いながら辿っていると――、ふと、雷が問うた。
「――そう云えば。――法雨さんは、いつ頃からそうして振舞うようになったんだい?」
その問いに、中空を見やるようにした法雨は、記憶の引き出しを探りながら答える。
「ええっと……、そうねぇ……、――確か……、――小学生くらいからだったと思うわ」
「そうだったのか……。――じゃあ、随分と幼い頃からだったんだね。――道理で、上品さに磨きがかかっているわけだ」
法雨の振る舞いを“上品さ”と表現する雷に、しばしくすぐったさを感じながらも、法雨は言う。
「ふふ。――そんな風に言ってもらえると、なんだか嬉しいわ。――幼い頃のアタシも、大喜びよ。――……アタシね、――母の様になりたかったの」
「お母様の様に?」
法雨は、問う様にした雷に頷くと、続ける。
「そう。――幼いアタシからしても、母はとても美しい人だった。――だから、その事が、子供ながらに自慢だったわ。――それで……、いつからか、そんな母に憧れるようになったアタシは、母の真似をするようになったの。――そして、それが、こうして振舞うようになったきっかけね」
「――なるほど。そういう経緯があっての事だったのか……。――でも、納得だな」
「――“納得”?」
法雨がそれに首を傾げると、雷は頷く。
「あぁ。――何せ、法雨さんがこれだけ美人なんだ。――幼い法雨さんが法雨さんのお母様に憧れを抱いた事がきっかけで、今の法雨さんがあるというのは、――お母様にお会いしていなくとも、納得のいく話だなと思ってね」
そんな雷に、法雨は嬉しそうに笑んでは言う。
「まぁ、相変わらずお上手。――でも、母の事を褒めてもらえる事は、アタシにとってもすごく嬉しい事だから、今回は、素直に受け取らせて頂くわね」
「ははは。そうしてくれると嬉しいよ。――こういう事は、本心でしか言わないからね」
「ふふ」
そうして互いに笑み合う中、法雨は、髪を撫でる雷の手の心地よさに身を委ねながら、彼の後ろで退屈そうに佇む漆黒の尾を見やると、ひとつ、零すようにして紡いだ。
「幼い頃と云えば……そう……。――アタシ、もうひとつ、憧れていたものがあったの……」
「おや、そうだったのか。――もうひとつは、なんだったんだい?」
紡ぐ法雨に微笑み、その頬に手を添えた雷が優しい声で問うと、法雨は、そんな雷の手に自身の手を添えては、海色の双眸を見つめ――、言った。
「――幼いアタシはね……、ずっと……、ずっと……、――オオカミの王子様に憧れていたの……」
「――オオカミの……王子様……?」
「そう……」
雷の手に頬を寄せるようにした法雨は、そう言うと、やんわりと瞳を閉じ、静かに続けた。
「――幼い頃は毎晩、母や父が、色々な絵本を読んでくれていたの。――それで、そうして読んでもらう絵本の中でも、アタシは――、主人公の王子様が、囚われのお姫様を救い出すために、悪い魔法使いや魔王、時には恐ろしいドラゴンに立ち向かい、お姫様を見事に救い出して、結ばれて、幸せに暮らす――、そんな物語の絵本がすごく好きだった……」
紡ぐ法雨に、雷が静かに相槌を打つと、法雨は、ふ、と笑んでは続ける。
「――それでね……、一番のお気に入りが、オオカミの王子様が出てくる絵本だったの。――その王子様はね、カッコイイだけじゃなく、強くて、優しくて、とっても勇敢だった……。――だから、アタシ、――将来は、そのオオカミの王子様みたいに素敵な運命の人に出逢って、アタシの母や、絵本の中のお姫様みたいに、その人と結ばれて、幸せになりたいって思うようになったの……。――それで、そう思うきっかけの王子様がオオカミだったからか、アタシは……、――どうしてか、オオカミ族の人を好きになる事が多かったのよね」
「――そうだったのか……」
「えぇ……」
またひとつ、雷から優しく贈られた相槌に頷くと、法雨は、彼の手に添えた手にやんわりと力を込め、ふと開いた瞳を伏せながらさらに続けた。
「――でも……、現実のオオカミは、あの王子様とは正反対だった――なんて事も多くてね……。――まぁ、“それが現実”って事だったのよね……。――それで……」
そう紡いだ法雨は、何かを払う様にして、その長くしながやな尾をひとつ波打たせると、雷の手に添えていた手をそっと自身の膝元に降ろし、顔を伏せると、その両手を、小さく握る様にした。
「――それで結局……、――あの“最低最悪のオオカミ”との出遭いを最後に……、――運命の出逢いなんてものに、憧れを抱くのをやめたの……」
「――そうか……」
そんな法雨に、雷は優しく言うと、揃えて小さく握られた法雨の両手を、その大きな手で覆い、護る様にしては、続けた。
「法雨さんは――、幼い頃からずっと、一生懸命だったんだね」
「……え?」
その言葉に、すっかり俯いていた法雨が顔を上げ、問う様にして雷の瞳を見返すと、雷は微笑んで紡ぐ。
「俺はまだ、法雨さんと知り合ってから長くはない身だけど、――そんな俺でも、法雨さんは常に一生懸命で努力家な人だと感じていたんだ。――でも、それもそのはずだ。――何せ君は、幼い頃からずっと、一生懸命で努力家だったんだから」
「――………………」
「そんな努力家な君の事だ。――例え、運命の人と幸せになるために、幾度となく重ねた努力が、幾度となく報われなくても、――それでも法雨さんは、その憧れを叶えるために、決して諦めず、――時には自分にすら厳しくしながら、ずっと、ずっと、――努力をし続けたんじゃないのかな」
法雨は、そうして紡がれた言葉に驚きながらも、胸が締まる様な感覚を覚え、思わず雷から目を反らすと、瞳を揺らがせてはひとつふたつと瞬きをした。
若き頃の法雨が、憧れを叶えるため、沢山の恋を重ねるようになってから、どのような日々を過ごしたかと云えば――、それはまさに、雷の言葉通りであった。
例え、幾度となく努力が実らずとも、その原因はすべて自分の努力不足のせいとした。
それゆえ、法雨は、努力が実らぬ度に、さらなる努力を重ねては、愛する母の様になるため――、愛する両親が授けてくれたこの命に恥じぬような人生を送るため――、誰よりも幸せになれるよう――、愛する家族の様に誰もが慕ってくれる人になれるよう――、幾度となく自身に厳しくあたりながら、ひたすらに努力をし続けた。
しかし、その一生懸命な努力の果てに運命から与えられたのは、――あの“最低最悪なオオカミとの出遭い”であった。
だからこそ、法雨は、その悪しきオオカミからの解放をもって――、永く永く抱き続けてきた、心からの憧れをも、記憶の彼方に捨てたのだ――。
だが、もしかすれば、幾度となく重ねようとも報われなかった努力も――、幾度となく重ねさせられた落胆も――、強い憧れをも捨てさせるほどに悍ましい経験も――、二度と味わいたくないと願うほどの酷く深い絶望も――、そのすべては、無駄ではなかったのかもしれない――。
無論、経験させられた残酷な道筋を思えば、運命に文句を言ってやりたい気持ちは決して揺るがぬが――、もしかすれば、そうして、憧れや恋や希望――、そのすべての光を一度捨てるに至る事もまた、法雨が望んだ未来に至るために必要な道筋であったのかもしれない――。
法雨が――、最愛のオオカミと出逢い――、
「俺はね、そんな君の酷く努力家なところを心配に想う時もあるけれど、でも、それと同時に、とても魅力的なところだとも想っているんだ。――君はきっと、そうして努力する度に、より魅力的に、より美しくなっていく人だろうからね。――その証拠に、君はもう既にこんなにも綺麗で魅力的だ。――本当に、沢山頑張ったんだね」
その運命のオオカミと――、幸せをになれるように――。
「――……もう、駄目よ。雷さん。――今、そんな事言ったら……」
法雨を護るために在る――その愛しい手で、顔を上げるよう優しく促され、それに応じた法雨は、海色を見つめては、苦笑して紡ぐ。
「まだ……、もう少し、荷解きしないといけない物もあるのに……、――雷さんがそんな事言うから……、先に心が解けちゃったじゃない……。――これじゃ……、荷解きどころじゃないわ……」
そう――微かに震えた声で紡ぐ法雨の金色は、感情の雫に静かに浸っていた。
雷は、そんな法雨を優しく抱き寄せると、天が贈る陽光に美しく煌めくレモン色を愛おしげに撫でた。
すると、愛するオオカミの温もりを感じながら、その大きな身体にすべてを委ねる様にしていた法雨は、ぽつりと零した。
「――………………アタシは結局、――オオカミの王子様には出逢えなかったわ……」
雷は、法雨がそのように零した理由を、“王子様”というイメージはいかにしても自身と紐づけられないがゆえ――と察し、苦笑しながら言った。
「――あぁ。ははは。――申し訳ないが、そうなってしまったね」
そんな雷に、法雨は、不満げな声で続ける。
「そう。――まったく。本当、困ったものよ。――だって、それもそのはず。――アタシの運命の王子様は、“とっくに王子様をやめちゃってた”んですもの……」
「……え?」
その予想外の結末に、雷が思わず問いの一音を返すと、その腕の中、法雨は変わらずと不満げに続けた。
「――だって、アタシは、運命の人が“王子様”だと思ってたから、“王子様のオオカミ”を必死に探してたのよ? ――なのに、雷さんたら、せっかく王族の家に生まれたのに、王族定番職の憲兵を辞めて家出までした挙句、庶民にまぎれて探偵になんてなってるんですもの……。――それは、いくら探し回ったって見つからないわけよ……」
そうして、不貞腐れ気味に紡がれた法雨の比喩と自身の経歴を重ねた雷は、その愛らしい例えに思わず笑った。
法雨が、社会的上位職に属す者たちを王族と例え、警察官を憲兵に例えた上で、その警察官の道から外れた事を“家出”――と、随分可愛らしくまとめられたのがおかしかったのだ。
「ははは。それは確かに悪い事をしてしまったな。――申し訳ない。――お城での生活が俺には合わなくてね」
そして、そんな文句に合わせ、“それらしい”弁明を紡いだ元王子に長い尾をはたりと波打たせた姫君は、その腕の中で未だ不満げに続ける。
「――もう……。――そうならそうで、いっそ攫いに来てくれたら良かったのに……」
すると、オオカミの元王子様は、それに意外そうにして言った。
「おや? おかしいな。――だから、攫いに行ったじゃないか。――でも、その時に“嫌いだ”と言われてしまったから……」
そんな彼の言葉で、雷と初めて出会った“あの日”の事を思い出した法雨は、頬が火照るのを感じながら雷から少し身を離すと、その顔を見上げては、慌てた様子で言った。
「――そ、それは……っ、――だ、だって……、――あ、あんな、だらしない格好の時に来るんですものっ」
そんな法雨に、また意外そうにして片眉を上げた雷は、漆黒の尾をひとつふわりと舞わせると、首を傾げて言った。
「――あぁ。恥ずかしかったのかい? ――あの時の姫君は、とても毅然としていらしたように見えたが……」
すると、法雨はさらに頬を赤らめると、しどろもどろに紡ぐ。
「――そ、それは姫たる者は、いつだって毅然としていないとだもの……! ――みっともない振舞いなんてできないわっ……――って……、そんな話はいいのよ、もう……。――すっかり楽しそうにして……。――アタシが変なコト言い出したのが悪いけど、――だからってアタシで遊ばないで」
「ははは。すまない、すまない。――あまりに可愛く慌てるものだから、もう少し見せて欲しくて」
そうして、すっかりと元王子に翻弄された姫君が、つんと口を尖らせては言い、ぽすりと腕の中に戻ると、元王子――こと、雷は、幾度となく空気を弾き続けているその小ぶりな耳を、手で包むようにしながら撫でては、赦しを請う様にした。
それから、しばらくと心地よい静寂がそんな二人を見守る中、法雨は、静かに瞳を閉じ、雷の胸元にやんわりと手を添えると、その愛しい名を紡ぐ。
「――……ねぇ、雷さん。――沢山酷い事を言ったりもしたのに……、――それでも、アタシを“迎えに”来てくれて、――こんなにも愛してくれて、――本当に有難う……。――おかげで、アタシ、――今、とっても幸せよ……」
そんな法雨に微笑み、愛おしげに抱きしめると、雷もまた、その愛しき名を紡いだ。
「法雨さんこそ、――俺の手を取る事を“選んで”くれて、――本当に有難う。――俺も、すごく幸せだよ」
法雨は、そうして返された深い愛に、幸せの笑みを零す。
そんな法雨の顔をそっと上げさせ、微笑み返すと――、雷は、心からの愛を込め、その柔らかな綻びに優しく口付けた。
そうして、その日――、またひとつの終わりと始まりを迎えた法雨と雷は、それから存分に互いの愛に浸り合うと、その先で二人を待つ――さらなる運命へと繋がる道を、共に歩み始めたのであった。
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