第5話【偽物の愛】
“結城、もっと腰を低くして”
“相手の死角を狙うんだ”
父は低い声で
丁寧に教えてくれる。
“結城!その調子よ!”
母の脳天気な応援には
安心と心強さがあった。
もし”あの時”
私たちが外に居なければ
ずっとこんな毎日が
続いたのだろうか―。
“結城”
父の声でも
母の声でもない。
そう私を呼ぶ声は
誰かも分からない。
姿も何も無い。
ただその声は 私を呼ぶだけ。
次第に怒りが込み上げてくる。
“結城、こっちにおいで”
父が手を広げて
私の方をじっと見つめる。
“今日の夜は、ご馳走よ!”
母の張り切った声もする。
その時私を呼ぶ声が
消えていくのがわかる。
目の前には
父と母の見た目をした
魔物の姿だった―。
私を呼んでいたのは
“私”自身だったんだ―。
その時私の影から
歩いてくる音がした。
振り返ると
訓練所で会った黒髪の少年だった。
“君の力が弱いのは、君自身のせいだ”
“前に言ったろ、後悔するって”
戸惑う私に彼はそう話しかけた。
これが”選択”という物なのか。
私はずっと信じられなかった。
父と母の死を認めることが。
考える暇もなく
父と母の見た目をした魔物は
私に襲いかかろうとしていた。
“大好きな彼女やから”
“早く楽にしてやろうかと思う日もあった”
“でもアイツの笑顔見てると”
“自分の気が狂うねん”
湊さんの言っていたことは
こういう事なんだろう。
大切な人を守るためには
犠牲になる人が必要になる。
湊さんはどんな選択をしたんだろう。
私は今…何をすれば…―。
“君が繋ぐしかないんだよ”
黒髪の少年は
真剣な眼差しで言った。
“人もいつかは死ぬ時が来る。”
“そうなった時に誰かがその人を”
“覚えていなきゃいけないんだよ”
その言葉に私は心を打たれた。
私に足りなかった何かの正体が
ハッキリ見えた気がした。
私は父と母を殺した。