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カフェでの「可愛い」連呼攻撃の後、伊織は顔の火照りがなかなか引かなかった。藤堂はそんな伊織を見て、満足そうに笑っている。「伊織、次はどこ行く? 映画? それとも、俺の家でゆっくり話す?」
藤堂の提案に、伊織は思わず身構えた。
「え、藤堂くんの家……は、ちょっと……」
藤堂はすぐに伊織の不安を察し、苦笑した。
「冗談だよ。安心しろって。伊織が嫌がることはしない。まあ、図書室で本の話をするのが一番落ち着くか?」
「……うん、図書室がいい」
伊織が正直に答えると、藤堂は再び伊織の手をしっかりと握った。
「じゃあ、帰りに少しだけ本屋に寄ってから、図書室に行こう。二人で新しい本を探すのも、デートだろ?」
伊織は、藤堂の気遣いに胸が温かくなった。彼は、自分のペースを尊重してくれる。それだけでも、伊織にとっては十分すぎるほど特別だった。
帰り道、藤堂は伊織の手を離すことなく、ずっと握りしめていた。駅のホームで電車を待っている時、藤堂は伊織の持っている本を指差した。
「なあ、伊織。この本の主人公、自分に力があることに気づかずに、ずっと地味に生きてるだろ? でも、それってちょっと勿体ないよな」
「そう、かも、しれないけど……」
「でも、その力に気づかせて、世界を変えてくれる誰かの存在が、必要だったんだよな」
藤堂は、伊織の顔を覗き込むようにして言った。
「俺にとって、伊織がそうなんだ」
「え……?」
「伊織は、自分を冴えないって思ってるかもしれないけど、俺にとっては、誰よりも魅力的で、放っておけないくらいに可愛い。俺がお前を特別にしたんじゃない。お前が、俺の世界を特別にしたんだ」
伊織は、藤堂の真摯な言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
「僕、藤堂くんみたいに、キラキラしてないし……」
「キラキラしてる必要なんてないんだよ。俺は、伊織のその、内側にある、静かで優しい光が好きだ」
藤堂は、伊織の頬に手を添え、優しく撫でた。そして、そのまま顔を近づけてくる。伊織は、息をすることさえ忘れて、目を閉じた。
唇に、柔らかく温かい感触が触れた。藤堂からの、初めてのキスだった。短い、けれども優しさに満ちたキス。
藤堂が顔を離すと、伊織の顔は今度こそ真っ赤になり、目眩がするほどだった。
「これで、もう逃げられないな」
藤堂は少し悪戯っぽく笑いながらも、その目は真剣だった。
「俺は、お前の世界に入り込んだ。もう、お前を手放すつもりはないから」
伊織は、もう抵抗する気力も、理由もなかった。これまで自分を覆っていた「冴えない」という殻が、藤堂の光によって完全に破られ、新しい自分があらわになったような気がした。
「藤堂くん……」
伊織は、藤堂の胸元に顔を埋めた。電車の到着を告げるアナウンスが響く中、伊織は、生まれて初めて心から誰かを求める感情に気がついた。
藤堂の匂い、温もり、そして自分だけを見てくれるその瞳。すべてが、伊織にとってかけがえのないものになっていた。
「僕も……藤堂くんが、好き…」
か細いけれど、伊織にとっては最大限の告白だった。
藤堂は、伊織の頭を抱きしめ、深く息を吐いた。
「ああ、知ってる。俺も、お前が愛しくてたまらないよ」
ホームを行き交う人々の喧騒も、二人にとっては遠い世界の音になっていた。伊織は、藤堂という光の存在が、自分のすべてを照らし、満たしてくれることを悟った。もう、彼のいない世界には戻れない。伊織は完全に、藤堂蓮に恋をしていた。