「お母さんもう授業参観こないで」 まわりの母たちよりもずっと老けた母がコンプ レックスだった。
私は、母が36歳の時に生まれた。
私は幼い頃から、母が大好きだった。
優しい母が大好きだった。
小学6年生の時、クラスの男子たちから馬鹿に
されるまでは。
「なぁお前んち、ばあちゃんきてんの?」 私は否定した。
「は? どうみてもばあちゃんじゃん」 クラスの男子たちが笑っていた。
それから私は母をコンプレックスに思うように
なった。
私は中学生になった。
コンプレックスは強くなっていた。
学校に送られる際も、母を見られたくはなかっ た。
そのため、校舎から少し離れた場所に降ろして もらうようにした。
母が私に声をかける。
「え? なんで? 雨降ってるし学校まで送ってくよ。」
聞かないでほしかった。
「いいよ」
母は言った。
「なんで?」
私は怒鳴った。
「お母さんのこと見られたくないの」
当時の私には、母の気持ちを思う余裕がなかっ た。
私にあんな辛い思いをさせた母に怒りを感じて いた。
母は怒らなかった。
静かに笑った。
「そうだよね、ごめんね。ちゃんと傘さして行
くんだよ。いってらっしゃい」
私は黙って学校へ向かった。
来週の授業参観を思うと憂鬱だった。 帰宅後、私は母に言った。
「お母さんもう授業参観こないで」 母は目を見開いて黙っていた。
予想外の反応に戸惑った。
「ほら、中学生にもなると来ない親がほとんど だから。来てる人の方が少ないし」
嘘をついた。
母は「わかった」とだけ言った。
中学生の頃は、とにかく母が嫌いだった。
足音が嫌いだった。
響く声が嫌いだった。
唄Ỉ音が嫌いだった。
母を見られないようにすることばかり考えてい た。
母から離れることばかり考えるようになってい た。
私は高校生になった。
私は、両親に東京の大学に進学したいと言っ
た。
父は反対した。
母は父に言った。
「この子なら大丈夫。あたしたちが支えてあげ
ないと。どうしても行きたいんだろ?」
母が私を見た。
私は頷いた。
母の顔を久しぶりに見た気がした。
思っていたよりもシワがあった。
しかし嫌な気持ちにはならなかった。
私の中で別の感情が動いた。
母は父に言った。
「この子には絶対後悔させたくないの」
後悔。
後悔という言葉が妙に引っかかった。
思い当たることがあった。
母嫌いは徐々に緩和していった。
母は父を説得し続けてくれた。 母のおかげで、私は東京にある大学を受験する ことが出来た。
結果は合格だった。
引っ越しの日は、すぐにやってきた。
新居に荷物を運び終えた。
「それじゃあお母さんたちもう行くからね。」 私は頷いた。
私はこれからの生活を思い、不安になった。
「大丈夫。お母さんとお父さんがついてる。お 金はお母さんたちがなんとかするから、心配し ないで。ご飯だけはちゃんと食べるんだよ。少 しでも調子が悪いと思ったら、すぐ帰ってくる んだよ」
涙が出そうだったが、母たちが帰るまで我慢し た。
私は母の前で、泣いてはいけないと思った。 母たちが帰った後、泣いた。
寂しかった。
不安だった。
こんなに私のことを大切に思ってくれている母 を今まで私は大切にしてこなかった。
母に申し訳なかった。
今まで母に吐きつけた言葉を後悔した。 入学式の日、私は母が来てくれることを期待し
ていた。
母に会いたかった。
母を見て安心したかった。
しかし、今まで行事に顔を出すなと言っていた
ため、私から参加の有無を確認することは出来
なかった。
入学式が終わった。
母は来なかった。
自業自得だ。
私が寂しいのは、私のせいだった。
母は悪くない。
私は、看板の前で写真撮影する親子を横目に帰 ろうとしていた。
すると見覚えのある背中を見つけた。 ずっとずっと見てきた背中。
母だ。
母は、私に黙って入学式に来ていた。
母は、私を見つけられただろうか。 私は、母を見つけて泣いていた。 すでに身体は動いていた。
母を呼んでいた。
私は泣きながら何度も母を呼んだ。
母のもとへと向かった。
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