九月の日差しが眩しい。
しかしその空気の中には、確かに夏ではない香りが混ざっている。
思えば愛は、一番秋が好きかもしれない。
新年度の慌ただしさもなく、日に日に涼しくなっていく空気に、薄い長袖を合わせるときの心地よさ。
色づく広葉樹に揺れるコスモス。
何をしても“絵になる”季節な気がする。
もちろん、高速道路の入り口脇の駐車場で、今から一緒に旅行に行く男を待っている、30の女も“絵になる”。
モカベージュのロングワンピースに、ホワイトのニットカーディガンを合わせた自分の身体を見下ろす。
この服を、彼は今日はどう脱がすのだろう。
ワンピースだから背中のチャックを外さなければいけないのだが、もしかしたら、それももどかしく、捲り上げて中のショーツだけ下ろすかもしれない。
目が粗いニットのカーディガンだって、彼はきっと上手に使ってくれる。
一度、デートに着ていったときには、一度上だけ全部脱がせてからそのカーディガンを着せて、後ろからそのカーディガンごと、弄られた。
思い出しただけで下半身が熱くなってくる。
ホテルの鏡に映った、ニットだけを身に着けた姿を、鏡を通して目が合った寒河江に、
「眺め最高」
と囁かれたのだった。
でもその時と同じカーディガンだと、さすがに狙いすぎだから、今回の旅行のために新調した。
目が粗いのは似ているが、もっとラフで長めの物だ。
これであれば、腰や尻まですっぽり覆ってくれる。
寒河江はどんなふうに使ってくれるだろうか――――。
彼のカモリが駐車場に入ってきた。
愛は自分の車にもたれ掛かっていた身体にヨイショと力を入れた。
運転席から寒河江が出てくる。
濃い色のデニムパンツに、黒いカットソー。アウターは五分丈のカーキのジャケットだ。
さすが人から見られる職業をしている人間は一味違う。
私服のセンスもいい。
先日行われた、長澤医療機器販売のバーベキュー大会の服装なんて、みんなひどいものだった。
Tシャツ×Gパン=約8割。
まあ、営業課の服装は悪くなかったけど、配送の男たちなど、見られたものではなかった。
などと下らないことを考えていると、いつもは愛の私服をにこにこ見てくる寒河江の顔が引きつっている。
ーーーーーーあ。
眉間に皺が寄り、口を結びながら近づいてくるその顔を見て、愛はわかってしまった。
今日、二人はこのお洒落をした格好で、出かけたりなんかしない。
彼は愛のロングスカートを捲り上げたりなんか、しない。
ニットのカーディガンを上手に使ったりなんか、しない。
あの結ばれた唇が、愛のそれに合わさることは、ない。
「ごめん、愛ちゃん」
寒河江は顔をしかめたまま言った。
「友也が椅子から落ちたんだ」
――――へえ。
「すぐ泣いたから大丈夫だとは思うんだけど」
――――そういうもんね。
「そのあと吐いてさ」
――――やだ、汚い。
「顔色も悪くて」
――――うん。
「今、一応病院で精密検査受けてるんだ」
――――。
「何もないとは思うけどさ」
――――そっか。
「それで、本当に悪いんだけど―――」
「そのまま死んじゃえばいいのに」
残暑の生ぬるい空気の中に、冬の訪れを予感させる冷たい一陣の風が吹く。
(ーー私、今、なんて言った)
呆然と立ちすくす愛に、男が何かを言った。
もうその声も、言葉も、入ってこなかった。
男が踵を返す。
一歩一歩、遠ざかっていく。
その男を追いかけるように、駐車場の楓の木が赤い葉を落とす。
運転席のドアが開く。
その隙間に身を滑り込ませると、いつもより乱暴に閉められたドアの音だけが、やけに耳に残った。
そのホワイトパールの車が見えなくなっても、愛はそこに立っていた。
風に吹かれたロングスカートが愛の細い足にまとわりつく。
ゆるく肩にかけたニットカーディガンが、片方ずれ落ちる。
それでも愛は、その場に立ちつくしていた。