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時に202X年。まだ残暑厳しい中、9月の3連休最後の休日の早朝、人々の油断を狙い澄ましたかのように、国防軍は東京の複数の要所で一斉にクーデターを決行した。
若手将校に率いられた陸、海、空軍の決起部隊は、首相官邸、国会議事堂、警視庁本庁、防衛省本庁舎をわずか1時間で武力制圧し、閣僚全員を拘束した。
霞が関の官庁街は、多数の戦車、装甲車を擁する決起部隊によってバリケード封鎖され、泊まり込みで休日出勤していた少数の者を除き、中央官僚は職場のある一帯から完全に締め出された。
不意を突かれた国防軍の統合幕僚監部は、あわてて鎮圧部隊を編制しようとしたが、防衛省本部が占領されていたため、指揮系統が機能せず、各地の国防軍駐屯地に決起部隊に合流しないよう通達を出すのが精いっぱいだった。
警視庁本庁舎では、警察部隊と国防軍決起部隊との間で小規模な銃撃戦が発生したが、警察官の武装では国防軍陸軍部隊の重火器に対抗出来るはずもなく、さらに警視庁屋上のヘリポートにミサイルと機関砲を装備した攻撃ヘリ1機が鎮座するに至って、警視総監は決起部隊に投降した。
重要拠点を制圧した決起部隊は、それから都心のビジネス街へ進軍。都内に拠点を置く新聞社、テレビ局などのマスコミ各社は本社ビルを閉鎖し、籠城の構えを見せた。
だが、決起部隊はマスコミ各社の本社ビルの目の前を素通りし、グールグル、ヤッホーなどのIT大企業の本社ビルに突入、瞬く間に制圧下に置いた。その後、決起部隊は情報統制を宣言した。つまり、決起部隊は伝統的なマスコミなど、最初から相手にしていなかったのである。
当時政権与党であった自由奔放党の幹事長は、在日米軍司令部に日米安保条約に基づき、在日米軍の出動を要請した。
だがそのわずか1時間後、アメリカ大統領は現地が深夜にも関わらず、ホワイトハウスで緊急記者会見を開き、クーデターは日本国の内政問題であり、米国は当面中立を守ると宣言。日本各地の在日米軍基地には全面的外出禁止令が敷かれた。
誰もなす術がなく呆然と見守るしかなかった間に、決起部隊は日本国の政治、行政の中枢機能をほぼ掌握。
テレビニュース、新聞の号外、ネット上での市民による決起部隊の映像などは、規制されることなく流通し、日本中が固唾を飲んで事の行方を見守った。
ネット上では多くの市民運動家が、決起部隊に対して反対のデモを呼びかけ、その日の夜、数万人の市民が、決起部隊によって包囲されている国会議事堂周辺に集結。
「民主主義を守れ!」「軍の暴走を許すな!」「戦争反対!」といった勇ましいスローガンを掲げたプラカードが一帯を埋め尽くした。
中には「賃金上げろ!」「アニメ・マンガ規制阻止!」などという、明らかに場違いなプラカードも紛れ込んでいたが、ともかく、多数の一般市民が文字通り体を張って、国防軍の決起部隊に立ち向かったのだった。
だが、国会議事堂を封鎖している決起部隊が一斉に自動小銃の威嚇射撃を始めると、デモを先導していた爺さんたちが、真っ先に逃げ出したため、デモ隊はあっという間に総崩れになり、我先に逃げだす過程で群集の将棋倒しなどが発生し、多数の負傷者が出た。
が、決起部隊の威嚇射撃は全て空砲だった事が後に判明し、デモを呼びかけたくせに真っ先に逃げ出した運動家、活動家たちには、以後誰も耳を貸さなくなった。
あけて火曜日の朝9時、国会議事堂衆議院本会議場で、あらゆるマスコミの記者を入れて、決起部隊のリーダーである陸軍大佐が、軍政移行を宣言した。
宣言の内容は、衆議院、参議院の即時解散、無期限閉会の通告から始まった。立派な鼻ひげを蓄えた、その陸軍大佐が暫定政府の首相に就任する事を、その場で宣言した。
次いで、暫定首相となった陸軍大佐は、日本国憲法の一部効力停止を通告。効力が停止される条文を列挙した。予期していた事とはいえ、記者たちは身を乗り出してテープレコーダーを1ミリでも近く暫定首相に向けようと腕を伸ばした。
効力が停止される憲法の条文は次の通りだった。第14条「法の下の平等」、第15条第3項、「普通選挙の保障」、国会と内閣に関する第41条から75条までの全て。地方自治と住民投票に関する第93条と95条。
この憲法条文の効力停止によって生じる、下位の法律の変更点については、逐次軍政本部から通達が出ると言って、暫定首相となった陸軍大佐は発表を終えると告げた。