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何か質問は? と促した暫定首相の声に、ベテラン記者たちが怖がって何も言わない中、まだ新人とおぼしき、二十代の女性新聞記者が勇敢にも問い質した。
「憲法第9条への言及がまったくありませんが、どういう事ですか?」
戦争の放棄、軍隊の保持禁止を定めた9条は1項も2項も、まだ改正されずに残っていた。暫定首相は堂々とした口調で答えた。
「今回の我々の決起は、憲法9条の改正を目的としたものではない。それだけだ」
女性記者は食い下がった。
「こんなクーデターを起こすぐらいなら、狙いはそこのはずでしょう? じゃあ、一体何が目的でこんな事をしているんですか?」
「なるほど。国民に無用の心配をかけないよう、具体的に言っておいた方がいいようですね。我々の目的は」
記者たちのみならず、テレビの生中継で様子を見つめていた全日本国民が息を呑むなか、暫定首相は厳かに言った。
「満65歳以上の国民の、参政権の停止である!」
そこで暫定首相は一方的に質疑を打ち切り、退席した。議場には、一体何が起きたのか理解できないでいる記者たちが、ポカンと口を開いたまま、しばらく立ち尽くしていた。
その後軍政本部は、中央省庁の幹部のうち、既に満65歳を過ぎている者全員を諭旨免職にし、強制的に退官させた。
県庁、市区町村の首長と議員も、満65歳以上の者は自動的に失職を通告された。首長をクビにされた自治体が、後任を選ぶための選挙を行ってよいのかどうか、軍政本部に恐る恐る問い合わせると、選挙権者、被選挙人がともに満65歳未満に限られると言う条件なら、自由に行って差し支えないという返事だった。
さらに軍政本部は、「民間企業に強制はできないが」という前置きを付けつつも、東京証券取引所1部に上場している企業に対し「経営陣の世代交代が望ましい」との通達を発した。
名経営者との評判が高い一部の経営陣のいる企業を除き、該当する民間企業では臨時取締役会、臨時株主総会が続々と開催され、満65歳以上の役員が次々に解任された。
公職追放に続いて民間企業にも波及したこの一連の動きを、世間ではいつしか「シルバーパージ」と呼ぶようになった。
クーデターの翌々日から取引を再開していた東京証券取引所では、連日ストップ安が頻発していたが、民間企業でのシルバーパージが広まるにつれ、株価は反転。その年の暮れには、日経平均はバブル期につけた最高値を更新した。
その他の経済活動、国民の日常生活はほぼクーデター以前と変わらない状態に戻り、日本各地は一見正常な状態に戻った。
国民も軍政下の生活になんとなく慣れ始め、役人の中にはあからさまに軍政本部に対して、おべんちゃらを弄して、取り入ろうとする者が出始めた。
だが、軍政本部は意外に賢明である事が分かった。たとえば、教育省事務次官はエビの漢字表記を「海老」から「海若」に変更し、全学校現場に通達したいと、嬉々として軍政本部に申し出た。
軍政本部はただちにその事務次官の身柄を拘束し、即日免職処分にした。神奈川県海老名市の市民からは、軍政本部広報部に対して、その「英断」を称賛し感謝する、書簡、メール、サイトへの書き込みが殺到した。