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side rive
おもちさんに指定された、駅近の個室カフェへ向かう。
化粧をして、ちゃんと身なりを整えて外に出るのは一ヶ月ぶりだった。
でも今日は、不思議と足取りが軽い。外の空気も、嫌な匂いがしない。
「待ち合わせです」と店員に伝えると、奥の個室へ案内された。
店内は照明が落とされ、壁際のランプがぼんやりと橙色を灯している。
静かなジャズが小さく流れ、その音が胸の鼓動と重なっていく。
ノックの音。
扉が開いた瞬間、視界の中で彼がゆっくりと振り向いた。
メガネ越しでもわかる、黒く澄んだ瞳。
その奥に、淡い光が確かに揺れていた。
視線が絡んだ瞬間、時間が一拍遅れて流れ出す。
「……こんばんは」
気づけば、息と一緒にその言葉がこぼれていた。
「こんばんは…。リヴァさん、はじめまして。来てくれてありがとう。」
機械越しではない彼の声。
くしゃっと笑ったときの目元。
マスクをしていても、わかる。
あの柔らかい声を、今、目の前で聞いている。
一瞬の戸惑いと、それを塗り替える確信——あの人だ。
私は挨拶を返し、向かいの席に腰掛けた。
店員が飲み物を置き、扉が静かに閉まる。
二人きりの空間に、ふわりと緊張が漂う。
目線が絡むと、彼は首を少しかしげて——
「やっと会えたね…」
その微笑みが、胸の奥にやわらかく広がった。
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「こんばんは……リヴァさん。来てくれてありがとう」
マスク越しでも、自分が少し笑ってしまっているのがわかる。
彼女も小さく微笑んで、向かいの席に腰を下ろした。
店員が彼女の飲み物を置き、静かに扉を閉める。
二人きりになった瞬間、わずかな沈黙が生まれる。
氷が溶けてカランと音を立て、その音で僕は口を開いた。
「やっと、会えたね」
彼女は一瞬きょとんとしたあと、頬を染めるように笑った。
──今の間……まさか気づいた?
胸の奥が不意に熱くなる。
けれど、その笑顔を見た瞬間、ほんなことはどうでもよくなった。
「……おもちさん、思ったより優しい声なんですね」
「え、そう?」
「はい。通話のときより、ちょっと近くで聞こえるから……」
近くで、と言われて胸が高鳴る。
「……リヴァさんも、思った通りの声だよ。
いや、ちょっと想像より……落ち着く感じ」
彼女は照れたように目を伏せて、ストローをくるくる回した。
その仕草ひとつまで、スクリーン越しでは見られなかった距離感。
「そういえば、あの日──おもちさん、アイス食べながら話してましたよね。」
彼女は頬をぷくっとふくらませて、怒ったふりをしている。
……可愛い。
「……うん。話があるって言われてたから、緊張してた。ごめん」
「私だって緊張してたのに!なんか齧る音ばっかり聞こえて、どうしようってなったんですよ!」
二人して笑い合う。
ほんの数秒、あの日の通話がまるごと頭に蘇る。
画面越しの距離と、今の距離の違いを、胸の奥で確かめるように。
少し沈黙が落ち、グラスの氷がカランと鳴った。
──今なら、もう少しだけ踏み込めるかもしれない。
その音を合図に、僕はふと思い出したことを口にする。
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