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婚約の話が決まって、私は王城に赴こうと思っていた。
ドルギア殿下本人と、この件について話すべきだからだ。
そのことについて、私はお父様と通じて王家に連絡を入れてもらった。するとドルギア殿下から、自分の方から、アーガント伯爵家を訪ねるという返答があった。
という訳で、今私の目の前には、ドルギア殿下がいる。
遠路遥々、アーガント伯爵家を訪ねて来てくれたのだ。
「ドルギア殿下、今日はありがとうございます。わざわざご足労、いただいて……」
「いえ、こういうことに関しては、僕の方から動くべきだと心得ています。お気になさらないでください」
ドルギア殿下は、とても紳士的な発言をしてくれた。
こういう言い方をするのは良くないのかもしれないが、ブラッガ様とは大違いだ。
そういう人だからこそ、私は婚約できて嬉しく思っている。それなりに親交もあった訳だし、本当に良き縁談に恵まれたものだ。
「ドルギア殿下、今回の婚約、私はとても嬉しく思っています。まさか、ドルギア殿下と婚約できるなんて、思っていませんでしたが……」
「僕も、イルティナ嬢との婚約は嬉しく思っています」
「そう言ってもらえるのも嬉しいです……所で、ドルギア殿下は今回の話がどこから出たものなのか、ご存知ですか?」
「え? えっと……」
私が喜びを伝えた後にした質問に、ドルギア殿下は目を丸めていた。
それから彼は、ゆっくりと目をそらす。これは何か知っているが、言うことができなくて困っているという反応だ。
「……イルティナ嬢とは、様々な場で何度も顔を合わせていましたが、その時からずっと素敵な方であると思っていました」
「ありがとうございます」
「イルティナ嬢との婚約は、頭の片隅で考えていたことではあります。しかし、考えている内にイルティナ嬢の婚約が決まってしまって……」
「ああ……」
「ですから、こうして改めて機会が巡ってきたことには感謝しています。僕はイルティナ嬢と結婚できたらいいと、ずっと思っていました」
ドルギア殿下は、意を決したような表情でそう言ってきた。
それは暗に、自分が今回の婚約を提案したと言っているような気がする。
彼の言っていることは、恐らく本当だと思う。こういうことに関して、ドルギア殿下は嘘をつく人ではないからだ。
ただ、心が完全に籠っていないような気もしてしまった。
ドルギア殿下も、誰かを庇っているのではないだろうか。私の頭の中には、そのような思考が過ってきた。
とはいえ、ドルギア殿下の言葉はとても嬉しいものではあった。
私も気持ちは同じだ。できることなら、ドルギア殿下と婚約したかった。
もしかしたら私達は、お互いにそういった気持ちを持っていることを察し合っていたのかもしれない。
◇◇◇
偉大なる長兄ダルキスは、誰もが認める次期国王候補筆頭だ。
それが覆ることなど、まずあり得ないだろう。僕を含めた兄弟の誰もが、ダルキス兄上が父上の後を継ぐことを望んでいる。
次男であるチャルアは、そんな兄上のことを支える覚悟をしている。
武術において優れた才能を有するチャルア兄上は、国を守る騎士団を何れ率いる立場になるだろう。
ダルキス兄上にとって、最も信用できるチャルア兄上が騎士団を率いるということは、ディルモニア王国を盤石に固めるだろう。
長女であるツゥーリアは、そんな兄上達にとって、頭が上がらない存在だ。
ダルキス兄上には妹として、チャルア兄上には姉として、ツゥーリア姉上はいつも鋭い意見を出している。
二人が仮に何かを間違えようとしている時は、姉上が止めるだろう。姉上はこの国の防波堤だといえる。
次女であるティルリアは、そんな三人とは少し離れた場所にいる。
彼女は、教会を自分の居場所に選んだのだ。それは恐らく、純粋な信仰心からの判断なのだろうが、結果的には三人と違う方面から、王国を支えているといえるだろう。
そんな兄上や姉上に比べて、何ができるのか。それは僕にとって、永遠の課題であった。
四人の後を追うという選択は、初めからなかった。兄弟は皆、それぞれの役割を見つけている。その後追いをした所で、意味はない。
王族の端くれとして、僕も国を支える何かを見つけたかった。そんな風にずっと悩んでいた僕は、ある時一人の少女と出会った。
「大丈夫ですか? グラットンさん」
「あなたは……」
王国が主体としている慈善活動の場において、その少女は貧しい身なりの男性に手を差し伸べていた。
それ自体は、なんてことがないことだ。その会場の中で、彼女が特別なことをしていたという訳ではない。
しかし何故だか、僕はその少女を目で追っていた。何故かはわからないが、彼女のことがとても気になったのだ。
「病気は良くなりましたか?」
「ええ、お陰様で……ああ、実は仕事も見つかったんですよ」
「本当ですか? それは何よりです」
「あなたやここにいる皆様のお陰ですよ。いや、良い国に生まれたと、最近は常々思います」
綺麗な目をしていると、そう思った。
澄んだ目をしたその少女は、貧しき人を真っ直ぐと見つめている。その瞳には、曇りなんてない。
きっと彼女は、清い心の持ち主なのだろう。その時の僕は、そんな風に思っていた。
ただその時は、それ以上何かあったという訳でもない。
僕はその少女に話しかけもしなかった。彼女と知り合ったといえるのは、もう少し後のことだ。