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「ドルギア殿下、わざわざ挨拶に来て下さってありがとうございます」
「いえ……」
妹のエルメラは、いつもの三割り増しくらい不機嫌な顔で、ドルギア殿下に話しかけていた。
何故そんなにも不機嫌そうなのか、その理由はわかっていない。ブラッガ様との一件によって、婚約そのものに不信感などを抱いているのだろうか。
しかしこれでは、エルメラもパルキスト伯爵家の人々と変わらない。私としては、妹にあんな人達のようになってもらいたくはないのだが。
「しかしながら、ドルギア殿下がわざわざこちらに来ていただかなくても、お姉様がそちらを訪問する予定だったのですがね……どうしてこちらに?」
「……いえ、僕は婿入りする訳ですから、まずはこちらから赴くのが礼儀であるかと思いまして」
「……戦線布告とかでは、ないのですか?」
「そんなことはありませんが……」
エルメラの言葉に、私は首を傾げることになった。
宣戦布告とは、一体どういう意図の発言なのだろうか。それがまったくわからない。
婚約というものは、争いという訳ではないはずだ。ドルギア殿下が、一体誰に何に対して宣戦布告をするというのだろうか。
「僕はエルメラ嬢と、良好な関係を築きたいと思っていますから」
「良好な関係、ですか?」
「ええ、これでもエルメラ嬢が何を望んでいるかはわかっているつもりです」
「ほう?」
ドルギア殿下は、何故かエルメラの言葉の意味を理解しているようだった。
この場において、置いてけぼりになっているのは私だけということだろうか。
「僕は、エルメラ嬢のことを害する意思などはありません。その辺りのことは、アーガント伯爵家の意向に従います」
「なるほど、意外と話がわかるようですね」
「そもそも、僕にそのようなことができる権限なんてありませんからね」
「よく考えてみればそうですね。話がわかるという言葉は取り消します」
二人の会話に、私は少しだけ何を話しているか理解できてきた。
これは恐らく、エルメラの婚約関係について話しているのだ。
現状、アーガント伯爵家ではエルメラの婚約なんてしたくないという意思を、尊重することになっている。彼女には、その才覚を振るうことで、アーガント伯爵家に貢献してもらう予定なのだ。
それをドルギア殿下に覆されることを、エルメラは恐れていたようである。そうではないとわかって、態度は少し和らいだだろうか。
「しかし、エルメラ嬢は何も話していないのですか? てっきり、既に話を終えているものなのかと思いましたが……」
「……余計なことを言わないでください」
「……すみません」
しかし次の言葉の時には、エルメラの表情はまた不機嫌そうになっていた。
先程のは、一時の喜びだったということなのだろうか。
それにしても、この会話も私にはよくわからない。一体二人は、何について話しているのだろうか。
◇◇◇
炭鉱での崩落事故は、不幸としか言いようがない出来事であった。
僕は王族の代表として、現場に赴くことになった。そういった時に動くのは、基本的に僕の役目になっていたのだ。
現場では、様々な作業が行われていた。
王国が派遣した団体や、ボランティアなどによって、後始末や捜索がなされているのだ。
その現場で、僕は知っている顔を見つけた。先日見たその少女は、不安そうな顔で炭鉱を見つめている。
「……イルティナ嬢」
「え? あなたは……」
「初めまして、ドルギアと申します」
「あ、イルティナ・アーガントです」
僕は、とりあえずイルティナ嬢に声をかけてみることにした。
すると彼女は、驚いたような反応をした。それは当然だ。僕達は別に知り合いという訳でもない。この場で話しかけるような関係性ではないのである。
しかし僕は、そもそもイルティナ嬢がここにいるということが気になっていた。そのため、話しかけて事情を聞きたかったのだ。
「アーガント伯爵家のご令嬢が、どうしてこちらに? もしかして、誰か知り合いが巻き込まれたのですか?」
「……ええ」
「そうですか……」
僕の質問に対して、イルティナ嬢はゆっくりと頷いた。
当然のことながら、その回答は明るいものではない。それに僕は、何も言えなくなってしまう。
イルティナ嬢の口振りからして、知り合いはまだ炭鉱の中にいる。それが何を表しているかは、言うまでもない。
「グラットンさんという方なんですけど……」
「……この間話していた人ですね?」
「あ、はい。えっと、聞いていらっしゃったのですか?」
「ええ、近くを通りがかって……そうですか。仕事が決まったというのは、ここのことでしたか」
イルティナ嬢の言葉に、僕は炭鉱の方を見つめていた。
彼女の知り合いであるグラットンさんのことは、僕も知らない訳ではない。慈善活動の場で、何度か見たことがあるからだ。
ただ、そんな彼のためにわざわざイルティナ嬢が駆けつけて来たということは、少し意外だった。そこまで深い関わりだったのだろうか。
「グラットンさん、家族もいないらしくて……もしも見つかっても、誰も迎えには来てくれないかもしれないんです」
「それで、イルティナ嬢が?」
「ええ、グラットンさんから故郷のことは聞いていますから、そこに連れて帰ってあげようと思いまして……」
「なるほど、イルティナ嬢はお優しい方ですね……」
イルティナ嬢は、悲しそうな顔をしながらそう言った。
その表情に僕は、彼女の慈愛のようなものを感じたのだった。