テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
入手した海藻の枝は二メートルもの長さがあり、たくさんの短冊状の細長い葉がついていた。
ユーリは漁港で一日、それを天日に干す。ぬめぬめがだいぶマシになったので、丸めて袋に入れて持ち帰ることにした。最初の日に海岸で拾った海藻類も一緒だ。
帰りはまた、ウルピウスの防壁に沿って歩いて行った。
ところが出発して二日目、ユーリの足に豆ができて潰れてしまった。
ユーリは最初はごまかしていたが、とうとう足を引きずり始めてバレてしまったのである。
「どうしてここまで我慢するかな。もっと早く教えて」
ユリウスは心配と怒りが入り交じったような表情をしていた。
「足手まといになりたくなくて……」
ユーリはしょんぼりとする。
「体力で僕らと比べるのが間違っている。こうなる方がよほど足手まといだよ」
「おいおい、ユリウス。やめなよ」
ロビンの制止にユリウスはかろうじて言葉を飲み込んだ。
ヴィーが荷物袋を探って小さな壺を取り出した。
「血止めの軟膏。つけてあげる」
「僕がやる」
「えっ、いいよ、自分でやるよ!」
「ダメだ。ユーリに任せておくと心配が尽きない」
ユーリは路傍の大きめの石に座らされて、靴を脱がされた。豆は両足にできている。
ユリウスは彼女の前にひざまずき、丁寧に軟膏を塗り込んだ。
シロが心配そうに寄ってきたが、ユリウスはにべもなく追い払った。
美しい銀の髪がユーリの足元にある。整った顔を地面に近づけて、彼女の足の世話をしている。
ユーリは痛いやら恥ずかしいやらで身の置き場のない気分になる。ロビンとヴィーに視線で助けを求めるが、そっぽを向かれてしまった。
膿んで血が滲む豆にユリウスの指が滑る。彼の手指は熟練の剣士らしく、鍛えられて硬く大きい。
軟膏のしっとりした感触と相まって、ユーリはとても落ち着かない。足の指の間に彼の指が這った際は、思わず声を上げてしまった。
「もういい! もうじゅうぶんだから!」
「ダメ。最後までしっかり塗っておく」
過剰なほど丁寧に塗り込まれて、ようやく布を巻いて終わったときには、ユーリはぐったりしてしまった。
「これでよし。それじゃ、行こうか」
そう言って立ち上がったユリウスは、当然のようにユーリを横抱きに抱き上げる。
人生初のお姫様抱っこに、ユーリは大層焦った。
「ちょ、ちょっと待って! おろして! 歩けるからっ!」
「あんな豆だらけの足で歩けるわけないだろう。こら、暴れないで。大人しくして」
ユーリはジタバタとしたが、力でユリウスにかなうはずもない。がっちりとホールドされて諦めざるをえなかった。
ユリウスが言う。
「よし、行こう。今日はこのままペースを早めて、カムロドゥヌムまで行ってしまおう」
本来の日程であれば、今日は兵士詰め所で一泊して明日の昼頃にカムロドゥヌムに到着する予定だった。
やはり自分の存在が足を引っ張っていたのだと、ユーリはがっかりする。
そうして歩き出した彼らの足はとても速い。特に走っているわけでもなく、一見すると普通に歩いているだけなのにスピードが違うのだ。意外なことにシロも普通の顔でついてくる。
そしてその合間にユリウスが、
「ユーリは羽のように軽いね。ちゃんと食事はとっている?」
とか、
「この、腕にすっぽりおさまる感じ。なんか、いいなあ」
とか、挙句の果てに、
「なんだか体温が高くない? 大丈夫?」
と言って綺麗な顔を寄せてくるので、ユーリは生きた心地がしなかった。
いくら鈍い彼女でも、ここまでくればからかわれている……というよりも口説かれているのではと思う。
そこで彼女は、勇気を出して言ってみた。
「あの、ユリウス。私はあなたに対してそういう気持ちはないから、やめてくれないかな」
「んー? そういう気持ちってどういう気持?」
明るい口調で返されると予想しておらず、ユーリはもごもごと言った。
「えっ? その……恋愛感情とか」
「そうなの? 傷つくなあ。でも気にしなくていいよ。ユーリはユーリ、僕は僕だから」
やっとの思いで言ったユーリに対し、ユリウスはカラリとしている。
「……それは、どういう意味?」
「それはねぇ……内緒! あははっ」
朗らかに笑われてユーリは反応に困った。ユリウスの肩越しに振り向いてロビンとヴィーを見るが、二人は肩をすくめている。
ユーリはどっと疲れを覚えた。諦めてユリウスの首につかまり、大人しくする。
そんな彼女の様子に、ユリウスはとても嬉しそうだ。
彼らの後ろでロビンとヴィーが、小さな声でひそひそと話している。
「ユリウス、明らかにおかしいよな」
「うん。あんな彼、初めて見た」
「いつもはうまいこと女の懐に転がり込んで、『抱きしめてもらうと柔らかくて安心する』とか言って、あれこれ世話を焼かせるじゃん」
「うん。あれ、見てると割とドン引きする」
「そこまで言わなくても……。どっちにしても、ユリウスがあんなにかいがいしく女に尽くすなんて、前代未聞だよ」
(聞こえているよ)
仲間たちの内緒話を背に受けながら、ユリウスは内心で笑った。
(自分でも驚いている。――ユーリはすごい人だよ。か弱い女性の身で前に進む気概を持ち続けて、いつだって新しい挑戦をしている。彼女にはなんでもしてあげたいし、望みをかなえてあげたい。守ってあげたいんだ。その気持はだんだん強くなっていくばかりだった。問題は……)
目線を上げると、街道の向こうに小さくカムロドゥヌムの町が見え始めている。
ユリウスは従兄を思う。あの町で一人、長い間戦ってきた彼を。昔から尊敬してやまないアウレリウス。
(アウレリウスと争うなんて、したくない。けど……)
その先の答えは、まだ出てこない。
ユリウスは腕の中のユーリの感触を確かめながら、終着地へ向かって足を早めた。
「ユリウス。アウレリウス様には、絶対に余計なことを言わないでね!?」
カムロドゥヌムのほど近くまで来た場所で、一行は少しの休憩を取った。ユーリの状態を慮ってのことだ。
街道横の手頃な石に腰を下ろしてもらったユーリは、そんなことを言う。
「余計なこと?」
ユリウスがわざとらしく首をかしげれば、ユーリは顔を真赤にした。
「あなたのおかしな態度とか、恋愛感情がどうとかいう話よ。今回はあくまで石けんの材料調達と視察で、他にはなにもなかった。いいわね?」
「別にいいけど。どうしてそれをアウレリウスに言いたくないわけ?」
「そ、それは……」
ユーリは言葉に詰まった。なぜだろう、と自問する。
「それは……」
言いながらユーリは胸を押さえる。
ユピテル帝国に来てからの、アウレリウスの記憶が蘇る。
異世界転移をしてしまったユーリが仕事をすると宣言して、カムロドゥヌムまで連れてきてくれたこと。
問題だらけの冒険者ギルドに放り込まれて大変だったけど、何かと助けてくれたこと。
特にたった一人で倉庫にこもっていた頃、紫色の魔道具が彼女の心を照らしてくれた。
カレー事業を立ち上げて、相談しながら進めた。ユーリの発想だけでは抜けのある部分を、アウレリウスは補ってくれた。
町の人々の未来を思う仕事はやりがいがあって、彼と一緒に取り組むのは楽しかった。
高価な素材を使って、ユーリに感謝の証を作ってくれると言われて。とても嬉しかった。
(……そうか。私、アウレリウス様が好きなんだ)
二十七歳にもなって、まるで中学生のような鈍さと初々しさである。
けれどユーリは思った。
過剰なほどに好意を表すユリウスに対し、アウレリウスにその様子はない。彼がユーリに付き合ってくれるのは、あくまでカムロドゥヌムの責任者としてであって、それ以上の好意はないのだろう。
「…………」
気付きと納得と……諦めと。いろんな想いが彼女の胸を締め付けた。
そんなユーリの表情を眺めて、ユリウスは内心でため息をついた。彼女の心中はおおむね予想できた。
ただ、思ったよりも諦めの色が濃いのを意外に感じた。
「さあ、そろそろ行こうか。町はもうすぐそこだ」
「……うん」
ユーリは大人しくユリウスの腕におさまる。彼女の切なく伏せられた睫毛が、ユリウスの心を揺らす。
「ユーリ、あなたの言う『余計なこと』だけど」
揺れる心を押し殺し、いつもの調子を装ってユリウスは言った。
「アウレリウスには言わないよ。僕たちの秘密にしておこう」
「……ずるい言い方をするのね」
その声は低く、今までのユーリのどんな声音とも違っていた。
ユリウスは思わず腕に力を入れる。ユーリの体の輪郭がはっきりと感じられて、心の揺れを押し止められなくなった。
彼女を手に入れたい。でも、傷つけたくない。
尊敬する従兄と争いたくない。でも、いっそ奪ってしまえば。
相反する感情がぐるぐると渦を巻く。ここまで心を乱されたのは、八年前の事件以来だった。
目の前にはもう町がある。今の帰るべき場所。彼にとっての故郷。
あの町が見えていて良かった、とユリウスは思った。
そうでなければ彼女を連れて、どこか遠い場所に行ってしまったかもしれないので。
#溺愛したいができない
当麻月菜
1,342
#魔道具職人
こはる
478
フユめん
190
コメント
1件
うわあ……ユリウス、完全にユーリにベタ惚れじゃん……! でもユーリがアウレリウス様への気持ちに気づいちゃったところ、切なすぎる。お姫様抱っこで「軽いね」「なんかいいなあ」は口説きじゃんって思ったけど、ユーリがはっきり断ったのにカラッとしてるのも複雑だなあ。最後のユリウスの内面、ヤバい……奪いたい気持ちと傷つけたくない気持ちの狭間、めっちゃ重くて好き。続きが気になる〜!🌙