プロローグ
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「わっちは、吉原の遊女でござんした。」
人の真っ黒な欲を、煌びやかな装飾たちで隠すようなところで働いておりました。
わっちは、弟たちのために金を稼がなければならなかったゆえ。十の時に、お母に手を引かれて、売られてしまいました。
たどり着いたのは、華やかな夜の都。花街。
しかし、そこは――。
地獄のようなところでござんした。
前借金を返すまで、外には出られません。
殿方にたくさん身体を遊ばれます。
反抗すれば、遣手から殴られました。食事を抜かれることなんて、しょっちゅうだった…
今まで通りならば、鬼に喰われてしまう。
きっと、身も心も壊れてしまう。
だから。
わっちが最初に身につけた技能は。
『感情を殺すこと』
本当の気持ちは押し殺して、笑顔を貼り付けました。
顔をバカにされても。
遣手にムチで打たれても。
幾えもの男性に、身体を遊ばれても。
悲しくないフリをしました。
辛くないフリをしました。
苦しくないフリをしました。
そうこうしていると、階級が上がって。
昼三になり、個室と座敷を持つことを許されました。
初めよりは随分と良い扱いを受けるようになりましたが
一人。
部屋で休む時。
雫が零れてくるのです。
その雫が、休むことはなく。
とどめなく、こぼれてゆきます。
ああ。
ああ。
帰りたい。
弟たちの居る家に。
ただ、帰りたい。
その日も。
刹那にそう、願っておりました。
雫が拭われることなく、静かにこぼしていると。
ふと。
誰かが、私の頬につたうそれを。
拭ってくれたのです。
その人は――。
ふわふわした。着物?、を着ておりました。
髪を結い上げて。唇に。爪に。紅を塗っておりました。
とても。
可愛らしい方でござんした。
後日、教えてくれたのでござんすが。
『ろりぃた』というお洋服らしいのです。
可愛らしい方は、わっちに。
わっちなんぞに。
再び、『自由』を教えてくれました。