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振り向くと、部下らしき人物を従えた若い男が立っていた。
金持ちっぽくて、偉そうな、というイメージ写真が販売されていたら、きっとこんな感じ、みたいな男だった。
イケメンだし、堂々としてて好き、という女子も居るだろうが。
……さっちゃんとか言いそうだな、とのぞみが大学の友人の顔を思い浮かべたとき、男が京平を罵り始めた。
「お前、結局、教師辞めて、家の仕事を継いだそうじゃないか。
まあ、昨今、教師も大変だからな。
お坊っちゃん育ちのお前には無理だったんだろ」
「あのー、誰なんですか? この人」
と小声でのぞみは、京平に訊いた。
「……大学で一緒だった、さっきの会社の跡取り莫迦息子、樫山淘汰だ」
どうやら、先ほど居なくてよかったと言っていたのは、この人のことらしい。
「お前、昔、俺に言ったな。
俺は、家の跡を継ぐしか脳のないお前とは違うと」
「言ってない」
と言う京平に樫山は叫ぶ。
「聞こえたんだっ。
俺の脳内にーっ。
実力もないのに、跡取りなんて、ただ据えられてるだけの莫迦息子が、と罵るお前の声と、見下げ果てるお前の目つきがっ」
「意外に繊細な人ですね……」
「結構おのれを知ってるやつだからな」
と腕組みして、京平は呟く。
「でも……」
と言いかけ、のぞみはやめたが、京平が勝手にその続きを言ってくる。
「実力もないのに、専務に据えられた莫迦息子も此処に居るとかお前、今、思ったか?」
「……言ってません」
「聞こえたんだよっ。
俺の脳内にーっ」
と叫び出す京平に、
どうしよう。
この二人、そっくりなんだが。
とのぞみは思っていた。
だから、友だちなんだな、と思っている間も、樫山は、しゃべり続ける。
「まあ、お前も挫折を知って、少しは大人になっただろ」
そう言われた京平は樫山を見返し、言い返していた。
「挫折なんかしてしてないぞ。
俺は帰りたいから帰ってきたんだ。
そして、やりたいから、この仕事をやっている。
俺の人生は順風満帆だっ!」
まあ、ある意味、そうですよね~。
教師辞めたら、専務とか、と思うのぞみたちの前で、樫山は勝ち誇り言い出した。
「俺はもう結婚も決まったんだ。
早苗と結婚する」
「誰なんですか? 早苗さんって」
と小声で訊くと、
「サークルで一番モテてた女だ」
ぼそりと京平がそう言ってくる。
「あいつ、お前のことが好きだったのに。
お前が、会社の跡を継がずに、教師になるとか言うから、愛想つかして俺のところに来たんだぞ」
と嬉しそうに樫山は言うが、いや、それだとその人、ただの金目当てではなかろうか、と思っていた。
「お前も教師なんぞにならなきゃ、早苗と一緒になれてたのかもしれないのにな。
人生回り道だったな。
好きな女にも愛想つかされて」
「別に俺は、早苗のことなんて好きじゃなかったし。
第一、俺も結婚するんだ」
えっ? 誰とっ?
と京平を見ると、京平は、
「今日も仕事で此処に来たわけじゃない。
家を建てるのに、ちょっと浴室周りを見てみようと思ってきたんだ」
と言いながら、いきなり、手をつかんでくる。
なぜ、今、このタイミングでつかみますかっ、と思うのぞみを上から下までこちらを見た樫山は舌打ちをし、
「よそよそしいから、部下を連れて歩いてるのかと思ったぞ」
と言ってくる。
なかなか人を見る目はあるようだ……。
「そうか。
それはおめでとう。
今度、祝いでも贈ろう」
と樫山は棒読みで言ってくる。
「ああ、俺も贈るよ」
と言い合って別れたあと、京平は出て行く樫山と、京平に頭を下げる秘書らしき若い男を見ながら、なにに対してかわからないが、
「……勝った!」
と呟いていた。
「いやあ、よかったよかった。
なにか奢ってやろう。
お前の、中身を知ったあとでは、あまり価値のないその外見が役に立ってよかった」
とはなはだ失礼なことを京平は言ってきたが。
駐車場に戻った辺りで、冷静になってきたらしく、
「よく考えたら、なにもよくはないぞっ」
と叫び出した。
いや、そうですよね……と思うのぞみに、京平は、
「お前がショールームに寄りたいとか言ったからだっ」
と八つ当たりを始める。
余程、樫山という男と相性が悪いらしい。
「もういい。
帰るだけだから、俺が運転する」
と言うので、のぞみが後部座席のドアを開けかけると、
「後ろに乗るなっ。
お前が専務かっ」
助手席に乗れっ、と京平は言ってきた。
いや、横に乗ったら、それこそ、彼女のようなのですが……、
と思ったのだが、今、逆らったら、更にめんどくさいことになりそうなので、黙って乗った。