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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
夏休みが終わったというのに、暑さは収まるどころか更に気温が上がった気がする。暑さに文句を言っても仕方がないし、寧ろ怒って更に暑くなるかもしれないから強くは言えない、と言うと、なんだそれ。と笑われた、昔の友人との会話がふと蘇った。
苦労して終わらせた夏休みの課題を提出し、始業式とホームルームを終えると一直線に美術室へ向かう。一学期の内に定着した、俺の放課後である。
八月の中旬頃に部員のほぼ全員がコンクールへの作品提出を行ったので、次は文化祭に向けての作品制作が始まるところだ。文化祭は絵だけでなく、粘土細工やペーパースタンドなど、結構幅広い分野から創作しても良いと顧問から聞いた。しかし、既に俺は絵を描くことに決めている。だんだん技術が上がっている気がして楽しいのと、二つ上の赤い先輩にもっと認められたいからだ。
美術部に入ってから四ヶ月と少し経ち、大きなキャンバスをイーゼルに立てる。というのも二回目だ。そう思うと、経験値の溜まっていく自分が少し誇らしくなり、ふふ、と声を漏らす。下書きは粗方できていた。適当にテーマを決めたコンクールとは違い、ちゃんと自分で決めてやるのだ。と意気込んで描きあげた下書きは、気に入りはしないものの、やり甲斐はありそうだったので、変に付け足して変になるのも嫌だ。という理由で下書きは完成していた。キャンバスに写された下書きを丁寧に鮮やかな絵の具でなぞっていく。今回のテーマは前回の『植物』と違い、『勇気』や『愛』的な、抽象的なものに決めた。パレットにはカラフルな色彩が並んで蛍光灯の光をてかてかと反射している。コンクールの時に選んだ題材だった春頃の植物はみんな緑色なので、こんなにカラフルなパレットを見るのも新鮮でなんだか面白い。絵筆を走らせることを楽しんでいると、ふと後ろに気配を感じた。この感じ前もあったなあ、なんて考える。前と違うのは、後ろの人物が口を出してきたことだ。
「お前、どうしてん」
「え?何か変ですかね」
「変ってか…
おもんなくなったな」
おもんなくなった。おもしろみがなくなった。何だ、何目線だ?何様だ?急に話しかけては文句とは。
「はあ?どういうことですか?」
「そのまんまや」
「人のモンに急に文句言って『そのまんま』は無いですよ。俺の何も知らずに、喧嘩売ってるんですか?」
勢いのまま、思いついた言葉のまま、啖呵を切ったところで、ようやくしまった。と気がついた。一応、相手は三年生の先輩。一応、俺よりも技術がある先輩。いくら急に文句を言われたからって、カチンときたからって、変な後輩と認識されているであろう俺が礼儀もくそもない態度を取ったことに先輩はさぞイラッときただろう。
ほら、先輩は何も言わない。ただ四月に見た真冬を再び俺に押し付けてくるだけ。赤いのに冷たい視線が俺の体、顔、内蔵をずたずたに裂いてくるような気がして、やっとの思いで、すみませんでした。と謝る。
ゴチン。
「いっダァ?!」
一瞬、周囲の視線が一気に俺に集まる。先輩は拳骨一つ押し付けて、乱暴な足取りで自分の作業場に帰っていった。理不尽だ。言いたいことがあれば言えばいいのに、あの人は自分の気持ちを拳骨に込める節がある。伝わるか伝わらないかは置いておいて。しかし、今回の拳骨はいつもの拳骨とは訳が違う。ほとんど喧嘩のようなものだ。喧嘩では先に手が出た方が悪い、なんて風潮があるが、この場合先輩が先に咎められるんだろうか。いや、言葉と力の悪さが同等だったとしても、事の発端は全部あの先輩じゃないか。俺は何に巻き込まれたんだ。
ヒリヒリと痛むつむじが無性に悔しくて、苦しくて仕方がない。むかむかと込み上げてくるどうしようもない怒りと、どうして急にあんなこと言うんだろうという不安感、器用にそんな気持ち全てに整理をつけることができず、目から涙となってこぼれ落ちそうなところを慌ててハンカチで抑える。あくまで鼻をかんでいるように。
その日は当然作業に集中できるはずもなく、さっさと片付けて帰って寝た。悔しさと悲しさと怒りでどうにかなりそうだった。それをぶつけられない先輩との距離にも、苦しくなった。