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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
「…何してん」
「………最悪や…」
「何て?」
なんでもないです、と我ながら理不尽に怒りを込めて返す。今の俺は弁当の中身を頭から被り、人気の無い廊下に転げているどこからどう見ても哀れな人間だ。最悪というのは、こんな様を先輩に見られたことに対してだ。
九月という時期は、初々しい様子だったクラスメートがコミュニティを形成し、それぞれがひとかたまりとなって行動するという動きがクラス中で固まってくる時期である。かく言う俺も、最初はクラスメートの輪をふらふらとさ迷っていたが、どこも絶妙に性にあわない。そんなこんなで選り好みしていたら、うっかり孤立してしまっていた。そこまではまだ、しまったなあ、と思うだけで済んだが、俺のどこが気に入らないのか、ノートをずたずたにするだの、試験日に筆箱が無くなるだの、弁当をぶちまけられ台無しにされるだの、どうにもこのクラスは俺に当たりが強い。スケッチブックは俺が身を呈して守っているので無事なことがまだ嬉しいことだ。…弁当をぶちまけられたのは正直かなりショックだったが。
けれど部活動では集中することで嫌な記憶は思考から跳ね除けられたので助かっていた。それに、先輩に努力が認められたことが短い部活動歴の中で何よりも嬉しかった。そこで、俺も一つ思ったのだ。美術は人の心を動かす。作品から作者を知っていく。これはクラスメートの印象回復(何故あのような仕打ちを受けるかはわからないが)に繋がる、と。だから無駄に深いテーマを探したり、大して興味のないことだって調べてみた。退屈だったが、これで少しでもこの学校での居心地が良くなるならば何だって良かった。だから先月の先輩の言葉は俺に最も深く突き刺さった。最も、というのは、今まで受けた言葉と、今の俺の調子に対するコンプレックスへのクリティカルヒットという意味で。あんたは何もわかっとらん。わからんくていいけど。いや、わからんといてくれ、と。あの時言いかけた言葉が『おもんないわ』の一言がフラッシュバックする度にふつふつと蘇ってくる。
現実逃避も程々に、珍しく困惑を隠さない先輩に他人事みたく笑いが込み上げてきたが、表に出てきた時にはため息にしかならなかった。
「先輩こそ、なんでこんなとこにいるんですか」
転んだまま床に這いつくばっている俺に、わざわざ屈んで髪や体に着いた弁当の具だったものを俺の空っぽになった弁当箱に戻している先輩の目をじとりと睨み、恨めしげに聞く。実際、こんなところを見られるのは恥ずかしいし、それ以上に何故か屈辱的だ。
「ちょっと職員室にな。こっちからのが近いんや」
あっそ、と言いかけたがやめておいた。聞いておいてなんだと拳骨が飛んでくるのが目に見えているからだ。
「…早く行ったらどうですかね。先生待たせんのも悪いでしょ」
ひたすらにみじめだ。クラスメートから除け者にされ、そんなみっともない姿をよりにもよってこの先輩に見つかるとは。怒りや、不満から一転して、だんだん泣きたくなってきた。じんわり目元が熱くなってきて、見られたくなかったから頭を腕で守るようにして蹲った。馬鹿だなあ、こんなことしたら逆にわかりやすいのに。
「…おい」
「ほっといてくださいよ…」
「何言ってるか聞こえんわ。おい、ちーの」
名前を呼ばれどきりとしたが、そんなことでは今の俺には勝てやしない。ここからは絶対に動かないと決めた。先輩がいなくなるまでだが。先輩も、俺の機嫌が悪いことはわかっているようで、すぐに返答を待つことを諦めたようだった。
「んじゃいい。ここで言うわ」
「なんすか…」
「お前も…お前なりに色々あったのに、無神経なこと言ってすまんかった」
急に、あまりにも素直に謝られたものだから思わずがばりと顔を上げる。すると、寝転ぶんはいいけど、服汚れるで。と、言われる。いつもより柔らかい言い方だったので、つい従ってしまいしぶしぶ起き上がる。でも、まだこんなもんじゃ動いてやらない、ということを体育座りをしながら先輩をじとりと見ることで表現する。
「あと、今週の昼休みは全部空けとけ」
え?と思ったことそのままに返すと、飯食うぞ。と、言われた。
そのまま、先輩はさっさと立ち上がって職員室の方へ行ってしまった。俺は呆然と先輩が曲がった廊下の角を見つめることで、残りの昼休み時間を使い果たしてしまった。