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夏祭りの日。
待ち合わせ場所に現れた司波仁を見て、物怪瑠衣は思わず声を上げた。
「おおっ!
仁、浴衣似合ってんじゃん!」
「そうか?」
「ああ! かっけー!」
「お前も似合ってる」
「へへっ、だろ!」
二人の浴衣は、偶然にも色違いの揃いだった。
瑠衣は深い藍色、仁は落ち着いた黒。
普段とは違う装いに、互いに少しだけ新鮮さを感じていた。
「行くか」
「おう!」
仁が差し出した手を、瑠衣は迷わず取った。
しかし、祭り会場へ向かう電車は想像以上の混雑だった。
駅を出ても人、人、人。
肩がぶつかり、あちこちから話し声が聞こえる。
「……っ」
瑠衣は小さく眉を寄せた。
少し気分が悪い。
人混みに酔ったのだろうか。
電車を降りてから、ずっと頭がぼんやりしている。
けれど、隣を歩く仁はどこか楽しそうだった。
「仁、なんか機嫌いいな?」
「そうか?」
「うん。いつもより楽しそうだぜ!」
「……まあ、祭りは嫌いじゃない」
仁はそう言って、屋台の並ぶ通りを見渡した。
「楽しみだな」
その横顔が、いつになく柔らかい。
瑠衣は一瞬、言葉を失った。
――ああ、言えねえな。
せっかくのお祭りだ。
仁がこんなに楽しみにしていたのに、自分の都合で台無しにしたくない。
「だな!いっぱい回ろうぜ!」
いつもの調子で笑う。
繋いだ手に、少しだけ力を込めた。
「焼きそば、食うか?」
「おう!」
仁が買ってきた焼きそばを受け取る。
ソースの香りが鼻をくすぐった。
その瞬間、胃の奥がむっとした。
「……っ」
「瑠衣?」
「ん? なんだ?」
「食わないのか」
「あとで食う!」
そう言って、無理に笑う。
仁は何も言わなかった。
ただ、瑠衣の顔を一度見てから、自分の分を食べ始めた。
「……仁、次あれ行こうぜ!」
「射的か?」
「そうそう!」
「お前、当てられるのか?」
「当たり前だろ!勝負だ、仁!」
勢いよく答えたものの、歩き出した途端に視界が揺れた。
「……っ」
足が止まる。
「瑠衣?」
「……なんでもねーよ」
「そうか」
仁はそれ以上何も言わず、繋いだ手を握り直した。
その手が、少しだけ強くなったことに瑠衣は気づかなかった。
花火が始まるまで、あと少し。
二人は人通りの少ない場所へ移動していた。
「……瑠衣」
「ん?」
「こっちを向け」
「なんだよ?」
振り返った瞬間、仁の手が瑠衣の頬に触れた。
「顔色が悪い」
「えっ」
「さっきからずっとだ」
「……バレてた?」
「当たり前だ」
仁は小さく息を吐く。
「気持ち悪いのか?」
「……ちょっとだけ」
「いつから」
「電車降りたあたり」
「なんで言わなかった」
「だって、仁が楽しそうだったからさ」
瑠衣は困ったように笑った。
「水飲んで、ちょっと休めば平気だって!」
「……ばか」
「えっ、ひどくね!?」
「俺が楽しければ、お前が我慢していい理由になるのか」
「……」
「祭りは逃げない。
無理して付き合う必要もない」
仁は瑠衣の手を握ったまま、近くの休める場所へ連れていった。
「座れ」
「……はい」
瑠衣は大人しく腰を下ろす。
仁が飲み物を買って戻ってきた。
「ゆっくり飲め」
「ありがとな」
「気分は?」
「まだちょっと変……」
「そうか。
今日は花火も無理に見なくていい」
「……でも」
「でも、じゃない」
仁は瑠衣の隣に座った。
「俺はお前と来られただけで十分だ」
「…………っ」
瑠衣の頬が、少し赤くなる。
「仁、それ反則だろ……」
「何がだ?」
「なんでもねー!」
仁は不思議そうに首を傾げた。
しばらくして、夜空に一発目の花火が上がった。
瑠衣の体調は少しずつ落ち着いていたが、まだ本調子ではない。
「……綺麗だな」
隣で仁が呟く。
「おう」
「来年も来るか」
「え?」
「今度は、もっと空いている場所を探しておく」
瑠衣は目を丸くした。
それから、いつもの明るい笑顔を浮かべる。
「約束な!」
「ああ」
夜空に咲く大輪の花。
その光に照らされた仁の横顔を、瑠衣はこっそり見つめた。
来年も。
その次の年も。
こうして隣にいられたらいい。
そんなことを思いながら、瑠衣は仁の手を握り直した。
「仁!」
「なんだ」
「来年は屋台、全部回ろうぜ!」
「全部は無理だろ」
「じゃあ半分!」
「……考えておく」
花火の音に、二人の笑い声が溶けていった。
コメント
1件
うわ、3話めっちゃ良かった……! 浴衣姿で待ち合わせから始まる夏祭りデート、最高のシチュエーションじゃん。瑠衣が体調悪いのに仁が楽しそうだからって言い出せなくて、でも仁がちゃんと気づいて「俺が楽しければお前が我慢していい理由になるのか」って言うの、グッと来たわ。花火より一緒にいることを大事にする仁の優しさが沁みる。ラストの「来年も」の約束、尊すぎて悶えた。続きめっちゃ読みたい🔥
炭酸@サイダー🌠💙🎧️
2,209
#解読者さんと繋がりたい
なぽりたん🍝解読者
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