空がもうオレンジ色で広がっている時刻。
グラウンドからは運動部の声出しが聞こえてくる。
『今日は委員会が長引いて、いつもより遅い帰宅になりそう。』
そう母に連絡を入れると、校門に見覚えのある人影がいるのに気づいて声をかける。
「ちょっとー?何してるの?」
「やっと来たか」
おせーよ。と言って私を少し小突く人物は幼馴染の矢部。幼稚園の頃に隣の家に越してきて、小学校から高校までずっと一緒のクラスなのである。
「待っててなんて言った覚えありませんけど」
と、冷たくあしらったが、少し嬉しい気持ちをそっと胸の中に隠す。
「今日さ隣のクラスの清水からノート貸してもらったんだけどめっちゃ字綺麗だったんだよ」
その人物の名前を聞いて私は少し焦った。
(確か、清水さんって学年でいちばん可愛いって言われてる…?)
清水さんがなんでこんな矢部にノートを貸すのか、私は胸の辺りにモヤがかかったようだった。
その後、矢部が夕食を誘ってきたが私は清水さんのことが気がかりで断ってしまった。
家の前に着くまで、矢部が何か一人で話していたが私は耳から耳へと話が抜けていっていた。ちゃんと、相づち出来ていただろうか?矢部は気を使って話を続けていないだろうか?と、帰った後に申し訳ない気持ちを残して二階の自室へ向かった。
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夕食と、お風呂を終えて少し自室でゆっくりしていると、帰りに話していた清水さんのことを思い出して、矢部との関係について思いあたる節を色々考えていた。
(清水さんって、男性と絡みが多い方だったかしら?)
(この間だって、女子に人気の谷口くんの告白も断ってたじゃない。なんで矢部にはノートを貸すのかしら?しかも隣のクラスなのに!わざわざ矢部のためにノートを貸すの?)
ベットの中で悶々と考え事をしていたら、下から母が呼んできた。私は一旦小休止ということで、母の元へ駆けつけた。
「頭に何つけてんだよ」
下にいたのは呼んだ母ではなく、矢部だった。
「あんたこそ、なんで家にいるのよ」
「てか、私のモプモフくんバカにしないでくれる?」
「モプモフくん?聞いたことねー」
私の、モプモフくんを馬鹿にしやがって…。でも、考え事をしていた時に矢部に会うのは少し嫌だな。なんなら、ここで聞くのもありかな?なんて私は勇気を出して、矢部に聞いてみようとした。
「矢部、あのさ…」
「てかこれ!見てくれよ、この雑誌に載ってるのって清水だよな?すごくね?」
そこには、【街角で見つけたオシャレさん!】と題して大きく載った清水さんの私服姿があった。
その話題を聞いた瞬間、私は聞く勇気をあっさり失ってしまった。矢部は、自慢気に雑誌に載った清水さんを見せてきた。私はその時、作り笑いすらしんどかった。
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さっきの、矢部の反応を見て確信した。矢部は清水さんが好きなんだ。私は静かに失恋したのを自覚した。自覚した途端、視界が滲み、頬から涙が落ちてくるのが見えた。
(ああ、私この14年間何してたんだろう。)
私は自然と、矢部の隣にいるのは私だけだし、将来も私と矢部はずっと一緒だとどこかで勘違いしていたようだ。すると、私は昔の矢部との会話を少し思い出した。
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『アツキは将来の夢とかあるの?』
それは、まだ私たちが小学3年生だった頃。その日の授業で、「将来の夢」について作文を作成させるという宿題を出され、まだ夢が決まっていない私は矢部に聞いてみた。
『おれは、スーパーマンになるぜ!』
私はそれを聞いて呆れた気がする。『ばっかみたい!』私がそう言うと、矢部は『俺は本気だぜ!みんなを守るんだ、もちろんヒナもな!』
さりげなく、私も守ってくれると言ってくれて私はすごく嬉しかったのを覚えている。
『じゃあ、わたしはやべのひしょになる!』
『ひしょってなんだ?』
『わ、わかんないけど、アツキを助ける人だよ!』
小さい知識ながら、矢部を支えようと言葉にした時、私の中で矢部の隣は私だけという気持ちが芽生えたのだった。
『ヒナが助けてくれるなら、おれらムテキだな!』
その日の笑顔がやけに眩しくて、私はしばらく矢部に見惚れていた。多分、そこから矢部が好きになったんだと思う。
しかし、4年生になると周りもだんだん気持ちが大人になろうとして、女子はかわいい服や物に惹かれるようになり、男子はサッカーやバスケットボールのようなかっこいいスポーツに憧れるようになった。そんな中矢部だけはスーパーマンに憧れたままで、周りの男子からは冷やかされるばかりだった。
私がたまたま、忘れ物をして教室に戻った時。
中から人の声がしたので、教室に入るのを少しためらった。すると、聞き覚えのある矢部の声がして私は耳をすませた。
『お前まだスーパーマンとかに憧れてんのかよ!』
『そろそろ卒業したらどうですかー?』
『おい!スーパーマンばかにすんなよ!みんなを正義の力で守るんだぜ!かっこいいだろ!』
『じゃあ、明日その正義の力見せてみろよ!』
『望むところだぜ!』
その、約束がこれから矢部を学校生活の苦しくなるどん底へと陥れるのだった。
クラスの中に大人しい女の子が一人いた。
休み時間はいつも読書をし、授業中は積極的に手を上げるような、いわゆる優等生だ。
昨日話していたリーダー格の男子たちが、その子の上靴をゴミ箱へ隠した。もちろん、これは学級で問題になり、そこからその女の子はいじめの対象になってしまったのだ。
矢部も私もやりきれない思いになっていた。
そんな中、面白そうに矢部を見て陰口をたたく男子たち。
『ほら、スーパーマンは正義の力で守るんだろ?』
その言葉を聞いた矢部は、必死に女の子の上靴を探した。でも、放課後になっても見つからなかった。私は矢部に手を貸すか声をかけたが、『俺が最後まで探すんだ』と言って断られた。
せっかく矢部の“ひしょ”になるって宣言したのに、当の矢部に頼られないことにショックを受けた。
それから、いじめはエスカレートし、一年間も続いた。次第に女の子は不登校になり、いじめの矛先はいつの間にか矢部に移っていた。ここで、見過ごしたら私も共犯になってしまう。
そう思い、私はその時今までにないくらい緊張していたが、男子たちに矢部にいじめをするのを止めるよう説得した。
『いじめをしちゃダメだよ!』
『自分が嫌がることは人にしたらダメって、先生も言ってたでしょう?だから、矢部にいじめをするのをやめて』
多分、手も声も震えていたと思う。でも、矢部の役に立ちたくて必死に訴えた。
もちろん、男子たちからは笑いものにされた。
お前は矢部の恋人なのか。とか、そんなに矢部が大切ならお前が犠牲になれよ。とか。
すると、その揉め事を聞いていた先生と矢部が教室に入ってきて、すぐに職員室に呼ばれた。
その時、矢部と目があったがすぐ逸らされたのを覚えている。
─── その日を境に、矢部が私の名前を呼ばなくなった。
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懐かしい記憶を、愛しむように思い出していたら突然スマホからアラームが鳴った。
聞いたことない音で驚いたが、すぐスマホの画面を開いた。そこには、【WARNING】と、その文字だけ書かれていた。
(危険…?いったい何が…)
すると、鳴り響いていたアラームが止み終わると味わったことがないほどの重力を上から感じた。
(な、なに!?誰かに押しつぶされるようだわ、誰か助けて…!)
誰かが上から押さえつけているかのような重みが体全体にかかり、私は息をすることも出来なかった。
「あ、……つ、…き……」
必死に声を出したが、誰にも届かず私は重力をかけられたままだった。だんだん意識も遠のき、走馬灯さえ流れた。そこで私は死を覚悟するのだった。
(最後に、失恋じゃなくて思いを伝えられたら良かったのに。)
未練が残ってしまったから、私は幽霊になって矢部の元に現れるのかな。など、最後まで矢部の隣にいれることに少し喜びさえ感じた。なんて私、独占欲が強いのかしら。
─── 私はそのまま深い眠りにつくように目を閉じていった。
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