光貴の宣言通り午後から水子供養をして頂けるお寺に行って、詩音の供養をしてもらった。
そのお寺で詩音の骨壺をどうすればいいかという事を相談したら、荒井家の先祖代々の墓に一緒に入れさせて貰ったらどうか、と提案して下さったので、そのまま光貴のご両親のところへ相談に行った。
骨壺を手放したくない気持ちはあったけど、いつまでも私が持っていたら詩音の全て空に還れないような気がしたので、荒井家のお墓に入れてもらうことで納得した。区切りを付けるためにも決断した。
いつまでも腐って生きていくわけにはいかない。立ち上がって前を向いて、私は私で歩いていかないと。
光貴の先祖のお墓は鵯越にある。大きな山の全てが霊園になっているから、改めて日程を決めて詩音の骨壺を納骨することに決まった。
食事をご馳走してもらい、光貴のご両親に見送られて彼の実家を後にした。
近くの駐車場までの道を歩いていると、ちょっといいかな、と言って光貴が私の手を取ってくれた。
何年振りかな。光貴が…あの光貴が手を繋ごうと言って、自分から私の手を取ってくれるなんて。
彼は私のために歩み寄ろうとしている。
こんなこと、絶対にしてくなかったのに。
もう、止めてよ。
どうしていまさら…。もう、私の気持ちはどうしようもないのに。
光貴と過ごした無垢で真っ白だった私には戻れない。
私の中で芽生えてしまった新藤さん――白斗への情熱は、誰にも消すことができない。
光貴を裏切った事実は決して消えない罪となって、私の心にしこりを残していく。
白斗を愛していくということは、その傷を幾つも自分の身体にも心にも付けていくことになるだろう。
私はまた新藤さんの姿をした白斗と会う。今、私のことだけを想い、大切にしてくれる光貴を裏切って、彼に会いに行ってしまう。
罪の歌を奏でるステージに、自ら進んで上がってしまう。
それは、白斗が私との情事を収めた動画を持っているからという理由じゃない。
私が彼に会いたい。白斗の傍にいたい。
繋がれた温もりの先に追い求める影が違うなんて。
それを思うと胸が苦しくなって、光貴に申しわけなくて、でも白斗に惹かれる気持ちを止められなくて涙が溢れた。
非道な私に泣く資格なんかないのに。
「あ、泣くなよ」
私の涙に気づいた光貴が立ち止まって、ぎゅっと抱きしめてくれた。
今までは私が泣いていても、傷ついていても、全然気が付いてくれなかったのに。どうして今になって、こんなことするの……。
これは、神様が下す罰なのだろう。
罪の意識をもっと深く持てるようにと、伴侶を持ちながら他の男性に惹かれるなんて人道外れた最低な行為なのだと知らしめているのだ。
痛い
胸が裂けそうなほどに
光貴に優しくされればされるほど
辛い
苦しい
針の上を裸足で歩き、血を流しながら白斗の下へ進んでいく。
ほんとうは止めたいのに、それでもあなたを求めることをやめられない愚かな私の気持ちを翻弄するように。
「今までは恥ずかしくて、触れ合うことを疎かにしててごめん。…そんな、手を繋ぐくらいで、泣く程嬉しかったなんて、気が付かなくて今までごめん。こういうことするの、僕、恥ずかしくて、変な汗いっぱいかいてしまうし、めちゃくちゃ緊張して心拍数も倍くらいになって心臓がちぎれそうになるから、なかなか勇気が出なくて…故意に避けてた。ほんとにごめん」
私が嬉しくて泣いていると勘違いした光貴は、しっかり私の手を握ってくれた。ぬくもりが伝わってくる。
「でも、僕、変わるから。できないことを避けるんじゃなくて、チャレンジしていくよ。君のことはずっと大事にしたいし、もっといい夫になれるように努力する! だから、一人前になるまで待っててくれるか。未熟な僕をこれからも支えて欲しい。いろんなこと、仲良く二人で乗り越えて行こう」
腕組みはハードルが高いから、今はこれで許してくれよ、って、つないだ手をに視線を落とし、照れながらしきりに鼻の頭を掻いている。きっと心拍数も倍くらいになって私の手を放したいだろうけれど、きゅっと軽く力を入れて離れないように手をつないでくれた。光貴は私のために自分の苦手なことを克服してくれようと努力している。
違うの、光貴。嬉しくて泣いたわけじゃない。
こんなにいい人を裏切って、私、自分の気持ちを優先して、本当に最低だ。
私の人生最大の罪は、光貴を愛していたつもりでいたこと。
光貴のことを愛していると思っていた。だから結婚したのに。
でも、それは間違いだと知ってしまった。
繋いだ手の温もりの先を求める男性は、ただひとり。
新藤博人――あなただけ。
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