返答に困っていると、新藤さんは私のそういう態度を無視してポータブルCDプレイヤーと小さなイヤフォン、何かの音源をコピーしたCDをケースごと渡してくれた。
「これはなんでしょうか?」
新藤さんは鋭い目で私を見つめ、低くよく通る声で言った。「RB解散前の最後の曲です。どこにも出回っていない、白斗が作った弾き語りのデモ音源です」
「……白斗の弾き語り」
信じられない。そんなものがあったなんて。全然知らなかった。
「この曲は妹を失くした私のために彼が作ったものです。この世で一枚しかないオリジナルの音源の現物です」
衝撃が走った。あまりの貴重さに思わず手が震える。新藤さんは私の手に包み込ませるように全てを渡してくれた。
ケースの中身は白い普通のコピー用のCDだった。『白い華』と書かれている。達筆な新藤さんの字だった。
「聴いてみてもいいですか?」
「勿論です。そちらは律さんに差し上げます」
「あのっ、でも……こんな大切なものをいただくわけにはいきません! 新藤さんの大切なものじゃないですか!」
「だからこそですよ。私は過去の悲しみからは立ち直り、現時点でその音源は不要です。未だに白斗がお好きな律さんが聴いて大事にして下さるなら、この音源もまた輝くことでしょう。私が引き出しの奥にしまい込んでいるよりずっといい」
新藤さんが笑った。さあ、と開けるように言ってくれたので、『白い華』と書かれたCDのケースを開けた。
聴いてみたい。どんな曲なのか。
家族を失った新藤さんのために、白斗はどんな歌を描いたのだろう。
私はベッドに腰かけてイヤフォンを耳に差し込んだ。
CDをセットすると、どんな歌が聴けるのかと胸が痛いほどに高鳴った。震える手で再生ボタンを押すと美しいピアノの旋律が流れ、やがて白斗が歌い出した。
――誰もいなくなった部屋 孤独だけが押し寄せる
もう 何も見えない
あなたがいない世界 ここでは生きていけない
ああ どうか殺して
絶望に色を付けるなら この部屋のように白がいい
赤く染まる様が よく見えるように
絶望が押し寄せる この身体を蝕むように
果てしない孤独に包まれ 悲しみが蘇る
止まったままの鼓動が 時の喧騒を失くし
色を止めてしまった 刹那に散りゆく
白い絶望の果てに見えるのは、何?
白い絶望の果てを超えるのは、誰?
悲しみ超え 満ちてゆく 色づく彩 咲き誇る
いつかまた 巡り合う 誘(いざな)う命 咲き誇る
壊れてしまったのは 運命(さだめ)
誰のせいでもない あなたのせいでもない
再び巡る その日まで 旅立つ空に 燃ゆる白い華――
聴き終わった頃には涙が溢れていた。
詩音を亡くしてしまったのは私のせいではないと二階堂さんが伝えてくれた。
そして、今。白斗が歌に込めた真の意味を理解した。
『壊れてしまったのは 運命(さだめ)
誰のせいでもない あなたのせいでもない』
「歌、聴き終わりましたか?」
新藤さんの言葉に私は頷いた。涙が止まらない。
「律さん。彼の歌のとおりですよ。どうか自分を責めずにご自愛頂けないでしょうか。光貴さんのライブが終わるまでは、彼の代わりに私が傍にいます。貴女の辛さを少しでも軽減して受け止めたいのです」
「ありがとうございます………」
様々な思いが交錯する中で白斗の歌を聴いているうちに、不思議な感覚が沸いてきた。
私の頭の中でメロディーが鳴っている。今回聴いたこの歌はピアノの弾き語りだったけれど、サビの辺りから盛り上がったサウンドが流れ込んでくる。
デモ音源なので一番とCメロとED(エンディング)しか無いものだけれど、シングル発売できるようにバンドアレンジで仕上げたら、メロディアスで泣かせるギターソロが入る。ラストのサビはとてつもなく盛り上がるはず。でも、最後のワンフレーズで静かに終わるのだ。
「新藤さん……『白い華』はとてもいい歌ですね。弾き語りもいいですけど、RBのバンド演奏で聴きたかったです。アレンジが浮かんできますよ。私の中で音が鳴っています。本当に白斗の歌は最高です。私の支えです……」
やっぱり私は音楽が好きなんだ。
RBが好きで、光貴が弾いているギターが好き。でも、自分には表現の才能が彼らのように無い。
それでも頭の中でたくさんの音が溢れている。
私の中では自由に音が鳴っていて、その中心には一番大好きな白斗の歌がある。
白斗のようにうまく自分の歌を表現できる術がなかっただけ。本当はこんなにもたくさんの音で溢れているのに。
たとえ歪であったとしても、それは誰にも止めることはできない。この世界の音は私だけのもの。
『再び巡る その日まで 旅立つ空に 燃ゆる白い華――』
さっき聴いた白斗の歌が鮮明に頭の中で流れた。