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【🩷】
最初に連絡をしたのは、ほんの気まぐれだった。
「今日、空いてる?」
まさか来ると思わなかった。
けど、深澤は来た。まるで“誰かに見てほしい”みたいな顔して。
その日、何もしてない。
テレビ流して、ウーバー頼んで、ダラダラして、帰した。
あっさりしたもんだったけど、たったそれだけで、深澤はまた来るようになった。
何度かに一度は触れた。
身体にじゃなくても、耳とか首筋とか、手の甲とか、ふいに。
そうやって境界を曖昧にしてやると、深澤は面白いくらいに反応した。
期待してるくせに、悟られたくない。
逃げたいくせに、誘われたい。
「今日来る?」
「何もしないかもよ」
「飯だけ」
そうやって小出しにしていれば、深澤は自分からは離れられない。
阿部に連絡できないでいる今、深澤が誰にも縋れないのを、佐久間は知っていた。
(ほんっと、不器用だよね、ふっか)
阿部と深澤の関係に入り込んだのは、ただの遊び心だった。
でも、今は少し違う。
このまま、どこまで引きずれるか。
どこまで追い込めば、深澤は自分の“ルール”を破ってくれるか。
自分から求めてきたら、それはそれで面白い。
「深澤、次いつ来んの?」
そう聞いたとき、一瞬だけ揺れた視線を見逃さない。
期待と迷いと、後ろめたさ。全部が混ざったその目を、佐久間は軽く笑って受け止める。
まるで飼い慣らすみたいに、少しずつ少しずつ。
逃げ場のない檻を、柔らかく閉じていく。
【💜】
その夜から、何かが確かに変わっていた。
月に一度、深澤のほうから連絡して阿部の部屋へ行っていた。
最初に決めたルールなんてあってないようなものだったが、形だけでもそうやって繋がっていた。
けれど、あの夜以降、深澤は一度も「次、いつ会える?」と聞けなかった。
代わりに鳴るのは、佐久間からの通知だった。
最初はただの確認のような文面だった。
「今日、空いてる?」
最初は本当に、ただの“空いてる?”だった。
佐久間の家に着いても、何もしない日もあった。
テレビを見て、ふざけ合って、酒を飲んで終わる日も。
そのくせ、ふとした拍子に耳にキスされて、背筋が凍る。
ソファの背に手をかけた瞬間、腰を抱かれることもある。
されるかもしれない、されないかもしれない。
けど、何もされなくても、帰ったあとには必ず自分を責めた。
(なんで行ったんだよ、また)
気まぐれだ。佐久間は、深澤を求めていないようで、でも逃がしもしない。
「なに、期待して来てんの?それとも、されないと不安?」
ソファに背を預けた佐久間が、冗談みたいに笑う。
深澤は言葉を返せない。そんなつもりじゃなかった、とも、そんなつもりだった、とも言えない。
「深澤ってさ、こういうとき、阿部のこと思い出してんの?」
「……言わせたいだけでしょ、そういうの」
「うん。で、実際どうなの?」
その問いには答えないまま、また夜が明ける。
阿部との関係は、いつの間にか過去になっていた。
今、深澤の夜は、佐久間の掌のなかにある。抜け出したいと思うたびに、次の呼び出しが来る。
「ほんと、バカだよな俺……」
呟いた声は空っぽで、誰にも届かない。
だけど、今夜も通知は届く。
「今夜、来る?」
そのたびに、“行けない”と返せたことは、一度もない。
【💚】
3人で過ごした夜。
好奇心か衝動か、佐久間が言い出したその提案に、阿部はあっさり頷いた。
深澤は少し戸惑った顔をしたが、断りはしなかった。
それだけで、成立してしまった。
——なのに、あれから深澤は一度も誘ってこない。
毎月、深澤のほうから連絡が来ていた。「暇?そろそろ、いい?」って、軽く、でもちょっとだけ遠慮のある文面で。
それが心地よかった。あの温度で来るのが、ちょうどよかった。
今月はもう20日を過ぎた。
通知は鳴らない。
うっかり開いたLINEの一番上に、深澤の名前が来ていないと気づくたびに、小さく舌打ちしそうになる。
(まあ、別に。そういうときもある)
阿部は、そう思うことにした。
ただの間が空いたくらいで騒ぐような関係じゃない。
けど、仕事のあと、無意識に部屋を片付けてる自分に気づくと、薄く笑ってしまう。
来る予定もないのに。誰も呼んでないのに。
(まさか、あれ以降……)
想像したくなかった。
けど、もしあの夜、何かを崩したとしたら、自分が原因だという自覚はある。
ソファに沈み込みながら、テレビをつける。音がやたらと耳につく。
スマホは手元にある。通知は鳴らない。
深澤はもう、自分を誘ってこない。
情が湧いていたのは俺の方じゃねーか。
それを認めるのが怖かった。
コメント
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読者をまた裏切る展開に拍手👏✨