思い入れのある曲を弾き切った。
パチパチとクラッセル子爵が私の演奏に拍手をしてくれる。
私は演奏を聞いてくれたクラッセル子爵、先生、審査員に頭を下げた。
「課題曲を間違えた件については、減点する」
「分かりました」
「次はないと思え」
「はい!」
先生はそう言うと、会場を去った。
審査員もこの場から去ってゆく。
実技試験は私が最後だったようだ。
「ロ……、マリアンヌ! ピアノの演奏上手だったね! 屋敷で聞くのと、客席で聞くのはやはり違うなあ!」
「お義父さま……、どうしてこちらに?」
「結果が出るまで、どこかでお茶しようか」
私は壇上から降り、クラッセル子爵の手を取る。
私たちは会場を出て、食堂に併設されている個室のカフェに入った。
飲み物を買い、席に着いたところでクラッセル子爵の笑みが消える。
「さて、ロザリー、君はどうしてここにいるんだい?」
「ごめんなさい。私、マリアンヌがどうして音楽を辞めたいのか気になってしまって―ー」
私はクラッセル子爵に自分の思いを打ち明けた。
そして、トルメン大学校でマリアンヌがどのような仕打ちを受けていたのかも伝える。
「……そうか」
すべてを聞いたクラッセル子爵は、黙り込んでしまった。
自分勝手なことをしたから、怒ってしまったのだろう。そう思った私は、背を丸め、身体を小さくした状態で、紅茶を飲む。
「反省はしているようだね」
私の顔を見て、クラッセル子爵が言う。
私はコクリと頷いた。
「今も、屋敷と町ではロザリーが行方不明だって大騒ぎだ。マリアンヌもロザリーのことを心配している」
「……」
「君はこれからどうしたい?」
「私は―ー」
クラッセル子爵に問われ、私は考える。
私がマリアンヌの姿に変装して、トルメン大学校にいるのは、マリアンヌが何故学校を辞めようと言い出したのか知りたかったから。
ここへ来て、リリアンに虐められていることを知り、私はそれを無くしたいと考えるようになる。最悪な環境から良い環境へ変えることが出来れば、マリアンヌが音楽を続けるかもしれないと思ったから。
「お姉さまのふりをして、学校にいたいです。リリアンの虐めを取り除いて、お姉さまが学校に通えるような環境に―ー」
「それでマリアンヌが喜ぶとは思えないけど」
私の意見を言い切る前にクラッセル子爵が否定した。
それは私の身勝手な言い訳だと。
「僕もマリアンヌに音楽を続けてほしいのは分かる。理由を知りたいから無茶をしてトルメン大学校に来たのも理解できる。でも、クラスの環境を変えたら、マリアンヌが学校に来るようになるという考えは違うよ」
「私がやっていることは……、無駄なのでしょうか?」
クラッセル子爵の言葉を聞いた私は、自分がやって来たことが無駄だと言われたように感じ、悔しいと感じた。最善なことだと信じてやって来たことが、マリアンヌが喜ぶと思ってやっていたことが無駄だと。
クラッセル子爵は首を横に振り、私に告げる。
「無駄じゃない。考え方を変えてほしいんだ」
「……どういうことでしょう?」
「来年、同じ学校で学ぶため。そのためにロザリーはマリアンヌのふりをして学校生活を過ごす。そう考えを変えてほしいんだ」
「来年、同じ学校で……?」
「僕がここへ来たのはマリアンヌの退学届けを出すのと、君の編入届を出すためだ」
「私の、編入届……」
どうして良いタイミングでクラッセル子爵が現れたのだろうと不思議に思っていた。
それは、二つ手続きをするため。マリアンヌの退学届と私の編入届を出すため。
きっと、マリアンヌの退学届けを出す際に、いないはずの彼女が在学していることを知り、試験会場で偽マリアンヌの正体を待っていたのだと思う。
昔、マリアンヌの変装をして驚かせたことがあるから、正体が私であることはすぐに判っただろうけど。
「僕は君の編入先をトルメン大学校にしようと決めていた。僕の母校であるし、ここの音楽科を卒業したら、親子で有名校を卒業した音楽一家として箔がつくからね」
「私が、来年ここで勉強をーー」
「そこにマリアンヌがいたら、楽しい学校生活になりそうだろう?」
「はい。お姉さまと同じ学校に……、学費は支払えるでしょうか」
「ま、まあ、僕の仕事を増やしたり、最悪ヴァイオリンを数本手放したら……、どうにかなる」
マリアンヌと同じ学校に通う機会は半年前にもあった。
だけど、その時は有名校の音楽科に二人通わせるのは、家計に響くと考え、私は遠慮をしていた。
「だから、その、なんだ。私が言いたいのはーー」
「リリアンの虐めを取り除くなんて余計なことは考えるな。マリアンヌを二学年に進級させることだけ考えなさい、と言いたいのですよね。お義父さま」
「ああ、そうそう」
「わかりました。シンプルで素敵な考えです」
「今回の試験に合格していればの話だけどね」
新たな目標が定まったけど、クラッセル子爵の言う通り、試験に合格していないと意味がない。
クラッセル子爵がソファから立ち上がる。
私はぬるくなった紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「さあ、結果を見に行こう」
「はい!」
私はクラッセル子爵と共に、試験結果を見に行く。
☆
「あの……、たった十人しか残れないんですよね。私、残っているでしょうか」
道中、私は試験での失敗を思い出し、弱音を吐く。
「急に気弱になったなあ!」
私の弱音を聞いたクラッセル子爵はそれを笑い飛ばす。
そして、私とクラッセル子爵は試験結果が書かれた張り紙の前に立った。
「大丈夫さ。君は僕と娘の最高の生徒だからね!」
ポンと背を叩かれ、意を決した私は試験結果を見た。
(私の順位はーー)
上から名前を探す。
一位はグレン。二位はリリアンと続き、九位――。
十位、マリアンヌ・クラッセル。
「やった……」
私はギリギリ試験に合格したのだった。
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