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――戦いの処女神アテナは、
戦いの勝利と、本質を見抜く力を与えると、パリスに約束した。
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『―――聞こえますか?』
俺は夢現にその声を聞いた。
「――――」
だんだん脳が覚醒していく。
瞼を開ける。暗い視界。
『聞こえる?ねえ』
―――この声は……。
アテナだ。生きていたのか……。
「―――聞こ……える」
静かに答えると、彼女はふうと息を吐いた。
『―――よかった』
俺は暗闇の中眉間に皺を寄せながら考えた。
―――よかった?どういう意味だ……?
復讐をしに来たのか?
それとも俺がまだ監禁されていることを確認してあざ笑いに来たのか?
『―――よく聞いて』
彼女は低い声で言った。
『――私があなたを連れ出してあげる』
「――――!」
衝撃だった。
連れ出す?つまり逃がすということか?
願ってもないことだ。
しかし―――なぜ?
アテナの立場になって考えてみる。
俺は彼女の心と身体を利用し、ここから逃亡を図った。
そして縋りつく彼女のことも殺そうとした。
恨んでないはずがない。
信じていいのか?
まさか―――罠か?
しかし、俺が拘束されていて、彼女がやろうと思えば暴行することも殺すことさえできる状況下で、俺を罠に掛ける理由が見つからない。
―――クソ。どっちだ……。
そのとき――――、
震えるような誰かの低い声が聞こえてきた。
アテナじゃない。もう一人ーーー。
―――誰だ……?
『―――近づかないで!!』
割れるような言葉で、判別ができない。
しかしその叫び声は、
美央の声に似ている気がした。
そうだ。
美央かもしれない。
あの少女に連れられた美央がこの家にきた……?
そして少女の案内で、換気口から声を聞かせるために家の裏に回ったところで、アテナとドッキングした。
だとしたら、
美央が危ない……!
バン!
換気口を突き抜けるような爆音が響き渡った。
―――何の……音だ……?
破裂音?いや、銃声か?
身体を起こそうにも四肢の自由が利かずに起こせない。
「ーーー美央……!?」
返事はない。
仕方なく耳を澄ませる。
ザザザと大きなものが移動するような音がした後、外は静かになった。
―――なんだ?何が起こったんだ?
アテナはどうなった。
美央はどこにいった。
わからない。何も―――。
ドン!
今度は扉の向こうから音がした。
ドタドタと転がり落ちるような激しい足音が聞こえてくる。
ガチャガチャと乱暴に鍵を回す音。
扉が開く。
漏れる光と共に部屋に飛び込んできたのは――――。
血だらけのアテナだった。
「――――な……!」
思わず声を出した俺に、鬼気迫る表情のまま彼女は駆け寄った。
「―――大人しくして!」
何で怪我しているんだ。
いや、違う。
もし彼女の血だったら、こんなに多量の出血があるのに、普通に歩けるはずがない。
彼女じゃないなら、誰の血だ――――?
血の気がスーッと引いていく。
「ーーー美央……?」
俺はアテナを見上げた。
「お前、美央に何をした!?」
彼女は俺の言葉など耳に入らないかのように、真っ赤な手でポケットまさぐり、中から銀色の小さな鍵を取り出すと、それで左右の手錠を外した。
「……おい……!答えろ!美央をどうした!!」
続いて彼女は両足首に巻かれているベルトを外しにかかった。
「――――触るな…!!」
俺は彼女を突き飛ばした。
驚いた彼女が耳を抑えている。
その反応に違和感を覚えつつも、自分で足首のベルトを外すと、俺は立ち上がり彼女を見下ろした。
「もう一度聞く。さっきの音は何だ。美央をどうしたんだ……!」
それでも彼女は答えない。
耳を抑えたまま首を横に振っている。
そのとき――――。
「パリス……!」
地下室にヘラが入ってきた。
「ーーーー!」
彼女のその手に握られたものを見て、俺はゾッとした。
黒い銃身に、木製のグリップ。
それは、猟銃だった。
先ほどの音はやはり銃声。
撃たれたのはきっと、
ーーー少女に連れてこられた美央だ。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
俺は立ち上がると、目の前に立ちはだかるアテナとヘラを睨んだ。
ヘラが猟銃を構える。
今度は俺のことも殺す気らしい。
「この……!」
しかし彼女は口を開くと、思わぬ言葉を発した。
「ーーーパリス、その女から離れて…!」
その銃口がアテナに向く。
―――仲間なんじゃないのか?
―――グルなんじゃないのか?
二人で美央を―――。
助けに来た俺の恋人を殺したんじゃないのか?
すると、ヘラの方を向いていたアテナは諦めたようにこちらを振り返った。
「あなたを、愛してた……」
両手が左右に開かれる。
その腕は長く、その動きは自然でしなやかで、
まるで女神の翼のようだと、
俺は馬鹿なことを思った。
「……ただ……」
―――ただ、自由に―――。
彼女の囁いた言葉は、
真っ赤な鮮血や、鮮やかな肉片と共に、
四方に飛び散った。