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――嫉妬の女神、ヘラは、


アシアの君主の座を、パリスに約束した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



アテナは背中を撃たれ、突き飛ばされるようにベッドに凭れ掛かった。


キーーーーーン。


耳がおかしい。


目の前でヘラが何かを言っているが、さっぱり聞こえない。


―――そうか。


さきほどアテナが自分の問いに応えなかったのは無視していたのではなく、一発目の銃声により残響で耳が聞こえなかったのか。


とにかく、アテナとヘラは仲間ではなかった。


そして銃を持っていたのはヘラだった。


つまり――――。



「美央を殺したのはお前か……?」


ちゃんと発しているのかもわからない言葉で聞いた。



彼女は眉間に皺を寄せながら、何かを喚いている。しかしやはりその声は聞こえない。


「俺の恋人を殺したのはお前かと聞いている。はい、いいえで答えろ!」


そう言っても彼女の口は忙しく動き、何かを必死で伝えようとしていた。



「―――返せ」


俺は怒りに任せて、ベッドから柵を引き上げた。



「美央を返せ……!」


言いながらそれを担ぎ上げる。



ヘラは反射的に、いやそれとも初めからそうするつもりだったのか、今度は俺に対して銃口を向けた。



「――――」



少しでもその引き金にかけた指に力が入ったなら、ベッド柵を彼女の脳天めがけて振り落とすつもりだった。


しかし彼女の指がいつまでたってもそれを引こうとしない。



「―――――」



沈黙が続く。


そのうちに俺の耳は本来の聴覚を取り戻していった。


エアコンの空調の音や彼女の緊張した息遣いが聞こえるようになると、彼女はこちらを睨んだまま、すすり泣いているのだと気づいた。


「―――殺せない……」


彼女は静かに口を開いた。


その小さな手から、猟銃が滑り落ちる。


「ーー殺せないわ。例え、あなたに愛する女性がいるとしても―――」


そう言うと彼女はカーペットに突っ伏して泣き始めた。


「――――」


仕方なく、その前に膝をついて座ると、彼女は猟銃から手を離し、縋るように俺の膝に抱きついてきた。


「―――もう手錠を掛けたりしないわ。好きな時に好きなところに行っていい。でも私から離れないで!私を置いていかないで!」


「――――」


「社長の座でも権利でも、お金でもこの家でも、あなたが望むものは、全てあげるから!だからそばにいてよ……!」


「―――――」


俺は彼女の手を取った。


「俺は、あなたの夫じゃない……」


「――――!!」


目に透明な涙を溜めた彼女がこちらを見上げた。



純粋無垢なその涙を、

子供のように泣きじゃくった顔を、

悲しさに震える眉を、



俺は美しいと思った。



言葉を失ったところで、部屋にもう一人の女性が入ってきた。



―――ヴィーナス。


心の中で呟く。


少女はゆっくりとヘラの背後から近づくと、その脇からゆっくり猟銃を抜いた。



俺はやっと身体から力が抜けて、その場に座り込んだ。


頭を抱え、目を強く擦る。




ドン!


―――その油断しきった耳に、もう一度銃声が響き渡った。



誰かが倒れ、弱く風が起こった。


顔を上げる。



そこには銃口を、ぴくりとも動かないヘラに向けた、少女が立っていた。



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