「そうだ、死のう。」 ずっと考えていたことかもしれない。夕焼け色に染まったベランダで、嫌いな太陽を眺めていた僕はそうつぶやく。まだ口の中に残っている飴玉の音だけが嫌に耳の中に響いた。
ちょっとした挫折から僕の足は止まってしまった。始まりは友人とのすれ違いだった。それがどんどん大きくなっていって、僕の周りには誰もいなくなった。そうしていったとき、抗うこともせず、僕はほんの気まぐれで学校をサボった。少しずつ一日という感覚は短くなってく。やがて僕は完全に行かなくなっていった。そのせいだろうか。それとも停滞した時の流れに身を任せ、親のすすり泣く声を感じる。そんな日々に疲れてしまったのだろうか。僕には分からない。
どうしたものか。首吊りが手っ取り早いだろうが、あいにく手頃なロープがない。それにどうせなら誰かの記憶にも残りたい。崖にでも落ちようか。開けかけのポテチがしけないようにゴムでくくると、僕は何の変哲もないつまらない遺書のようなものを書き始めた。久しぶりに文字を書く。手に取ったシャーペンが震えるのをただ眺めていた。文字すら形が定まらず、歪んでいるのだからお笑いだろう。配布物の裏に書いた遺書擬き。簡単に吹き飛びそうだったから筆箱を重しとして置いた。部屋のカーテンは静かに揺れるばかり。
都会には崖なんてないだろうが、僕の近所にはある。とんだ田舎だったがそんなところは素晴らしい点だと思う。
空の橙色は少しずつ消えていく。舗装が途切れる感覚が短くなり、土を踏んだ。泥がついた靴の洗濯は手間がかかりそうだ。そんなどうでもいいことを考えていると、街灯はもう見えなくなってしまった。虫の鳴き声が僕の呼吸に混ざり合っていく。そうしているうちに僕は崖にたどり着いた。いよいよ、死が近づいてきたとき、あのとき笑ってくれた友の顔が浮かんだ。今はもう、名前さえおぼろげだけど。
崖は深く、谷底が見えないほど。耳を塞ぎたくなるほどの暴風の音を聞きながら手に持っていた懐中電灯を崖底に向けた。勿論、何も見えない。けれど、次の瞬間僕の手からするりと懐中電灯が落ちてしまったのだ。手を伸ばすが当たり前に手は届かない。
「帰りどうしよう」
そうつぶやいて僕はハッとした。なぜ、帰りの心配をしているのだろうか。そう思うと不思議と笑いがこみ上げてきた。僕は涙が出てきそうなほど笑い、自然と上を向いていた。そしたら風が止んだ気がした。
見上げると、月が僕を照らしてくれていた。まだ僕を見放してくれないのか。僕はポケットの中に入っていた飴玉を口に放り込む。そうして僕は帰り道を歩いた。飴玉は月の色をしたみかん味
――その甘さを今でも覚えている。