炎蔵を拾ってから三年が経ち、彼はすっかり謎の鳥らしく成長した。
背丈はすでに私を追い越し、肉付きもしっかりしていて、若干恐竜っぽさのある足で二足歩行をしている。
いや、鳥が二足歩行なのはあたりまえなのか。ちゃんと空も飛ぶし。
ただ、そのための翼で器用に箸を使っている姿は、たぶん他の家の人が見たら驚くんじゃないかなって思う。
好物はたまごかけご飯で、いまも几帳面に少量のお醤油を垂らしてかき混ぜている。
鳥の食事として、鶏卵が与えられる状況は幼心にも問題があるように思えたものの、どうみても鶏ではないのだからと、気にするのをやめた。
新しい家族のために、毎日虫やら動物やらを獲ってくる気でいた私の意気込みは無駄になったけれど、労力が少なくすんだのは案外ラッキーだったのかもしれない。
ちなみに……ものは試しにと、虫やらミミズやらを獲ってきたこともあったのだけれど、炎蔵以上に母親が嫌がったために無駄に命を散らせる結果となってしまった。反省。
炎蔵が成長したように、私も成長した。小学五年生だ。
だが、もうすぐ最上級生だというのに、私の第二次性徴は発動の兆しを見せていない。
おなじクラスのヒーさんは、すでに大人っぽいブラをつけてるのに……つけられた差がちょっとだけかなり悔しかった。
クラスの子らと一緒にお風呂に入る林間学校までには、なんとかしたいと思い、近所の神社にお参りにも行ったのだけれど、どうやら順番待ちが長いらしくて、いつまでも私の番はまわってこない。
ちなみに……当時11歳の私は、大人になってもツルツルなままの人がいることを知らなかった。
「あら、あんたまだいたの?」
娘にその|才能《ボイン》を受け継がせなかった薄情な母親が、いまだ朝食途中の私に少し驚いたような表情をみせる。すでに弟が出ていったので、一緒に出たものと思っていたらしい。
気づけば、朝の星占いも終わってテレビは天気予報を映している。いかん、これでは遅刻してしまう。
炎蔵に本日の双子座の運勢をたずねつつも、ダッシュでランドセルをとりにいく。
ちなみに「観ていない」としか答えてくれなかったけれど、そういう日はたいてい結果が悪い時ときまっている。
「車に気をつけるのよ」
「わかってるって!」
道路を駆け出した私の横を、家族でありペットでもある炎蔵が併走。班登校に遅れた私の付き添いらしい。
田舎の学校は遠く、それでいてバス通りからも外れている。運が良ければ知り合いの軽トラで運んでもらったりもするのだけれど、そうそう都合の良いことにはならない。
「むぅ、このままじゃ間に合わないかも」
「朝からテレビなど観ているからだ」
「そんなんじゃないし」
人語を話しても、鳥類な炎蔵には年頃の乙女の内心などわかろうはずもない。
そんなことより、このまま走ったところで、教室に着く前に始業を告げる鐘が鳴ることになる。
遅刻を繰り返せば、母親からきついお説教を受ける未来は回避できない。お小遣いの減額もありえる。
「お願い、炎蔵」
「またか。アレは疲れるのだぞ」
ため息をつきながらも、炎蔵は広げた翼をはためかせると、その身体を宙に浮かせた。そしてかぎ爪のついた足で私の背負ったランドセルをガッシリとつかむ。
浮力を別け与えられた身体が浮かび上がり、通学路を遠回りさせる障害物を越えていく。
すでにボロボロになったランドセルの赤は薄れ、地の皮の色がところどころに露出されている。どうせあと一年しか使わないのだから特に未練はない。
自重をランドセルの肩ひもだけで支えるのは、ちょっと辛い。だけれど、ここで耐えなければ頑張り損。あともうちょっとだと懸命に耐えていると、ランドセルからなにやらブチッと不審な音が聞こえた。
「え゛っ!?」
幸い大きな怪我はなかったものの、学校には遅刻することになった。
そして不運な私は、ランドセルを壊したことでお小遣いを減らされた上に、危ないことをしてはいけないと怒られる。
さらには校則に『空を飛んでの通学の禁止』と付け加えられてしまい、それっきり炎蔵に運んでもらうことはなくなってしまったのだった。
人生とは、常に理不尽につきまとわれるものである。
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