ある日、弟を連れて街に遊びにいった。
ふたりで電車に乗り、見慣れぬ景色を楽しみながらデパートを目指すと、そこに怪獣が現れた。
怪獣は何百メートルとあって、でっかいビルよりもさらにでっかい。
人型の頭部を蛸に変えたようなシルエットだが、その表面はどぶ川のソコに溜まったものを塗ったくったみたい。なにより七つの並んだ瞳が気持ち悪かった。
自己紹介もできない怪獣は、その理由も示さないまま街を破壊して歩く。東京タワーをへし折り、都庁を倒壊させ、ついでにヒーさんちの鶏小屋まで壊した。
公衆電話からした110番で自衛隊を派遣してもらったけれど、やっぱり映画のような引き立て役で終わってしまう。
あまりの強さに誰もが絶望した。
でもそこに、一羽の怪鳥がどこからともなく飛んでくる。
それは炎蔵だった。
炎蔵は怪獣と変わらない大きさまで巨大化すると、握りしめた拳を振るう。
でも喧嘩慣れしていない炎蔵の拳じゃ、たいしたダメージを与えられない。時間が経過するうちに劣勢に追い込まれてしまう。
そこで炎蔵は、家族から封印を厳命されていた炎を使った。
さすがの蛸怪獣もその炎には苦しんだ。
でもその炎は怪獣だけでなく世界までも焼いてて、むしろ被害を増やしていたけれど……飼い主として責任をとれと言われると困るので、気のせいだということにした。そう、悪いのは全部怪獣。
やがて七つ目蛸怪獣が倒される。
あたりは焼け野原だけれど、世界は救われたのだ。
でも、私はあんな怪獣を倒せる炎蔵が何者なのか気になり、その正体をたずねずにはいられなかった。
「炎蔵、おまえいったい・・・・・・」
「私はTORI78星雲からやってきた宇宙炎鳥なのだ。故郷の|惑星《ほし》は宇宙怪獣ラブクラウンたちによって滅ぼされた。まだ幼かった私は卵型の小型宇宙船に乗せられ地球に逃がされたのだ。だがあいつらに私がこの|惑星《ほし》にいることを知られてしまった。このままの生活を続けることはできない」
「なんで、あいつらやっつけたじゃん!」
「いまのは無数にいるラブクラウンの一体にしかすぎない。あいつらは私の持つ|『癒やしの炎』《キュアファイヤ》を求め、何度となく襲ってくるだろう」
「そんな、いきなりすぎるよ」
「すまない、まや子、さらばだ!」
炎蔵は水泳の飛び込みのようなフォームで飛ぶと、|暁《あかつき》の空に消えていくのだった。
「まって炎蔵!!」
「なんだい、大きな声をだして?」
布団に入ったままの私を見下ろす炎蔵の目はシパシパしていて、なんだか眠そうだった。
「???」
ついさっき飛び去ったはずの炎蔵が、すぐ側にいる状況に混乱する。
「あれ、あれれれ?」
「なんだ寝惚けているのか?」
炎蔵はそう判断すると、部屋の電気を消してふたたび眠りにつく。雨戸の閉められた窓から、朝の気配は微塵にも訪れてはいない。
どうやら、私は街になど遊びにいってはおらず、世界も滅びてはいないらしい。
それでも混沌無形な夢が、本当に夢だったのか確認したくなった。
翌日、食器洗いを手伝いながら、母親にそれとなくたずねてみる。
「ねぇあのさ」
「なに?」
「ひょっとして、炎蔵って宇宙人……なのかな?」
普通に考えて、日本語をしゃべる鳥なんているわけないし、サイズや格好だって普通じゃない。
それは世界に隠された大いなる秘密のひとつで、明確にしてしまえば、取り返しのつかないことになるんじゃないかってドキドキした。
でも母は、そんな娘にあきれるように言って済ませる。
「そもそも炎蔵は|人《・》じゃないでしょ」
「……ごもっともです」
その日観たテレビで、犬が生まれて死ぬまでの様子が流されていた。(途中からみたので、番組タイトルまでは知らない)
犬というのは十年くらい生きる。昔よりも環境がよくなったので、さらに長生きになったけれど、それでも人間よりはずっと短い。
最初はおせんべいを囓りながら「犬、賢くていいな」とか思っていたけれど、そこに写っていた犬が老いてきたところで、なんだか苦しくなってきた。
そして犬が大病を患ったところで気づいてしまう。
我が家の炎蔵もいつか老いて、私たちを残して去っていく未来を回避することができないことを……。
――炎蔵の成長は私よりもずっと早い。
――先に死ぬのは炎蔵だ。
――炎蔵は家族だ。いなくなるなんて考えられない。
すでにテレビの犬がどうなったのかなど知ったことではなかった。
頭のなかではいろんな考えがグルグルと巡る。
炎蔵なんて拾ってこなければよかったとも思った。
気づくと、炎蔵が手にしたハンカチで私の顔をぬぐっていた。
そこで自分が声もあげずに泣いていたことに気づく。
私の中に湧いた恐れは、まったくもって解消しなかったけれど、それでもなんとか折り合いをつけてやっていくしかないのだと思うようになった。