そして気持ちが焦りながら修さんの店へ到着し、中に入ると・・・。
「よぉ。ようやく来たか樹」
オレの顔を見るなり、修さんがそう声をかけてくる。
そして店の奥へと視線をやると。
また前みたいにテーブルにうなだれて酔い潰れ眠っている透子の姿。
マジか・・ホントに寝てんじゃん。
「ずっとこのままなの?」
「そっ。隣来ても大丈夫だよ。透子、今日かなり飲んだからしばらく起きないと思う」
「そんなに・・? 美咲さん、透子またなんかあったの・・?」
美咲さんに聞きながら透子に気付かれないように、そっと隣りに座る。
「透子・・・。結婚しちゃうかもよ」
「・・・え?」
美咲さんのそのまさかの言葉に一瞬青ざめる。
やっぱり、北見さんともうそんな話になってんの・・?
透子が誰かのモノになる覚悟は出来てたはずなのに。
もう一年。まだ一年。
オレの中で、どこかまだ間に合うような気になってた。
オレが気持ちが変わらないように、透子もまだそんな一年で変わるはずがないと。
まだ一年ならなんとか待っていてくれるんじゃないか、だなんて勝手に思い込んでいた。
だけどオレが一つを目指して力を注いできた一年間と、透子にとっての一年はきっと同じではなくて。
そこには確実にオレの知らない一年間が透子の中にはあって。
信じて待っててほしい、だなんて、男にとって一番都合のいい言葉。
いくらオレが好きでも、どうなるかわからない未来に透子を縛り付けておきたくなかった。
だからあの時別れを選んで透子を自由にしたくせに。
やっぱりいざその時が来ると、後悔が一気に襲って来る。
さっきの麻弥に対しては、あんなに清々しくて、嬉しかったことが。
透子も同じように・・・って想像するだけでこんなにも気持ちがぐちゃぐちゃになる。
「なーんてね。大丈夫。樹くん、そんな思いつめなくても」
「えっ・・? オレ、そんな顔してる・・・?」
「うん。樹くん。気付いてない? それ聞いて一気に表情変わったよ」
正直今もう自分がどんな表情して、どんな風に周りに見えてるのかもわからないし、気にもしなかった。
ただ一気に不安になって透子で頭がいっぱいになった。
「透子、今日少しそんな気になっただけみたい」
「そんな気って・・・」
だけど透子はそういう気持ちになってるってことだよね・・?
「ずーっと樹くんだけ想って待ち続けて、なんの連絡もよこさないくせに、今日見かけて、一気に恋しくなって、ちょっと寂しくなってそんな気になった、ってとこかな」
「オレ・・・? じゃあ今もうそういう相手がいるってワケじゃなくて・・?」
「こんなに酔い潰れるまで飲むなんて樹くん以外の理由ないでしょうがー。あんたがあまりにも待ち続けさせるから、透子もちょっと羨ましくなっただけ」
「あっそっか・・うん・・」
美咲さんのその言葉でそうじゃなかったことに気付いて正気を取り戻す。
「でもね、樹くん。透子、もう今日で限界来ちゃった感じ。酔い潰れたのも、今日で樹くん諦めるって言ってここまでになったんだから」
「透子が・・?」
そう聞いて今まで何もせずにいたくせに、この胸は都合よく苦しくなる。
「さすがにもうこれ以上は透子待たせられないよ、樹くん」
「うん・・・。わかってる・・」
隣で気持ち良さそうに眠ってる透子を見て、気持ちを落ち着かせる。
「樹。もう会社の方は親父さん戻ってきたんだろ」
「あぁ。そう。今はまた前のようにやってる」
そう。今は親父の体調も落ち着いて、なんとか会社に復帰するようになった。
そして一番の問題だった会社の経営は、今回透子とプロジェクトでプロデュースした商品が爆発的な人気となり売り上げが倍増し、前以上の利益が出ることとなった。
「透子的にはさ、社長も会社戻って来てるし、会社も安泰で順調。なのに、樹くんは一向に反応なし、と来たら、さすがにね。不安になっちゃうみたいだよ」
「ですよね・・・」
美咲さんの言葉が胸にしみる。
「まぁ、お前はあれがカタチにならないとどうにも動けないんだろうし、その為にここまで耐えて頑張って来たっていうのはさ、オレたちはわかってるんだけどさ」
「修さん・・・」
透子には何も言えずここまで待たせていること。
どうしてここまでオレが動けなかったのかは、修さんたちはわかってくれていて。
「男としてはな、やっぱケジメつけたいよな。一人の女性を幸せにするためにはさ、それなりの覚悟と整った状況は必要だよな」
修さんのその言葉があったかくて嬉しくて。
「そりゃね、私も中途半端に透子縛り付けて苦しんでる姿見るより、心から幸せになってくれる姿見るのが一番いいんだけどさ」
「透子ちゃんのこと想えばさ。樹の勝手で振り回すのもな」
「でもまぁ一度別れてよかったとは思うよ。透子、今はこんな風に樹くん引きずっちゃってるけど、離れてるこの一年は、案外腐らず前向きに頑張ってたからさ」
オレがいない間に、美咲さんが透子を支えてくれたのが伝わって来る。
「ならよかった・・。でも、なんかそれオレいなくても大丈夫みたいな感じもして、ちょっと複雑ですけど(笑)」
オレがいなくても透子は透子らしくいてほしい、そう思ってたくせに。
だけど、まだオレのことを想っててほしいだなんて、結局は都合よく願ってしまう。
「でもさ。結局透子はさ樹くんいなきゃダメなんだよ。必死に踏ん張って頑張って自分らしく生きて行こうとしてはいるんだけどさ。それで透子が幸せ感じてるのかっていうと、そうじゃないから」
美咲さんのその言葉がそのままオレに跳ね返って来る。
きっとオレも透子も、ただこの離れていた時間をお互い頑張って耐えていただけで、結局心が満たされて幸せだと思えるのは、一緒にいる時間で。
それが離れたことで、より強く感じたこと。
結局は一緒にいても、離れていても、透子だけで。
いつだって、どんなときだって、透子を求めてしまう。
「オレも同じです・・・。透子がいないとオレの人生意味ないですから。透子と幸せになる為に、全部頑張れるだけなんで」
だから、どうかオレと幸せになるのを諦めないでほしい。
まだ諦めずにオレを好きでいてほしい。
今はこんなにも近くにいられるのに。
隣で静かに眠る透子の頭にそっと手を触れる。
こんなにも近くで、こんなにもゆっくり透子の顔見れるのどれくらいぶりだろう。
会いたくて仕方なくて、だけど出来るだけ会わずに気持ちを抑えて。
そんなことをし続けて、気付けばもう一年。
今はこっそりこんな風に触れることしか出来ないけど。
だけど、透子が穏やかに眠っている姿を見れるのも嬉しくて。
まぁオレに気付かず、気持ち良さそうに眠っているのは少し悔しいけど。