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話を終えたエルクスはアマリリス元に再びやってきて話し出す。
「取り敢えずここの設備について話しておこうか。」
そうして不正者狩り、もとい俺達の拠点であるこの倉庫について色々回る事になった。
改めて内装を見るとその空間には意外なほどの秩序と用途が感じられた。
正面に広がる巨大な空間。かつて荷を積み上げていたであろう天井の高いホールだ。蛍光灯はところどころ壊れているが、不正者狩りの手で新しい照明が天井に吊るされ、今は明るく視界を満たしている。
床は掃除が行き届いており、古いタイヤ痕や油の跡がまだ残っているにもかかわらず、足を置くと不思議と落ち着く清潔さがあった。
壁の一部には塗装の剥がれた鉄骨が剥き出しになっており、その表面に赤いロゴの残骸…。もういい。
エルクスはひらりと手を振って中へと進んだ。
「勿論ここが、お前も含めた俺達の拠点。いろんなモノが詰まってる。最初は正面からだな。」
声は相変わらず軽いが、足取りは迷いなく進む。その背を追いながら、アマリリスは無意識に懐へと手を添え、いつでも戦闘に対応できるよう神経を張り詰めていた。
正面スペースには、長机と椅子が並び、壁際には白板や地図が貼り付けられていた。机の上には数枚の紙、手書きのメモ、そして開きっぱなしのノートパソコン。まるで作戦会議室のような佇まいだ。
キヨミが少し胸を張って言う。
「ここが一応、私たちのメインルーム。作戦を練ったり、情報を整理したりする場所。」
ミアが続いて
「あとご飯食べる場所でもあるよ!」
と笑顔で言い足した。机の端に置かれた空き皿とフォークが彼女の言葉の裏付けをしていた。
エルクスは白板に歩み寄り、赤ペンで殴り書きされた図を指先で叩いた。
「ここは情報を集約する場所。見ての通り、地図にマークがいっぱい付いてる。どこにチーターが現れたか、どんな能力を使ったか、全部ここに記録してある。報告が入ったら整理して、次の行動につなげるってわけさ。」
アマリリスは無言で地図を見やった。バンカラ街の全域が描かれ、赤や青の印が無数に刻まれている。その多さに思わず眉が寄った。これだけの頻度で化物が現れ、倒されてきたという事実が突き刺さる。
「……随分と、積み上げてきたんだな。」
低く呟くと、エルクスは肩をすくめて
「まあな。でもまだまだ。数を減らしてもまた湧いてくるし、油断できねえよ。」
と答えた。そこから右手に折れると、鉄製の扉で仕切られた部屋があった。金属の不快な音を立てながら重い扉を押し開けた瞬間、アマリリスの視界は一変する。そこは武器庫だった。
壁一面に並べられた銃火器、刃物、手製の爆薬や補助具。整然とラックに掛けられ、ラベルまで貼られている。スナイパーライフルに消音器、複数種の拳銃、ナイフに手斧。
まるで軍の施設のような徹底ぶりだった。
ミアが嬉しそうにナイフのラックの前に立ち、次々と手に取っては腰のホルダーに収めて見せた。
「ここが一番好き!見て見て!刃のバランスが全部違うの!振るとね、音の響きまで変わるんだよ!」
彼女の目は子どものように輝いていたが、その手際は明らかに実戦慣れしているものだった。キヨミは拳銃のケースを開け、特殊弾を詰める様子を見せながら
「私のはこっち。炸裂弾、閃光弾、毒弾……。用途に合わせて使い分ける。扱いは難しいけど、便利なのよね。」
と説明した。エルクスは長いスコープ付きのライフルを持ち上げ、軽く構えてみせる。サイレンサーが装着され、無駄のない黒光りがあった。
「俺の相棒はこれ。遠距離から静かに撃ち抜く。音を立てずに仕留めるのが俺の流儀さ。まあ、前も見ただろうけどね。」
その姿を見て、アマリリスはわずかに目を細めた。彼らの武器は、ただの道具ではない。それぞれが長い時間をかけ、経験と工夫で自分に馴染ませてきた「生き残るための証」だった。
無意識に、懐の拳銃を確かめる。
銃口を構え、引き金を引き、跳弾を計算する。
その自分の戦い方が、この拠点に並ぶ数多の武器たちと重なるような気がした。
「……なるほど。理解した。」
その小さな呟きに、エルクスがちらりと笑った。
「お、飲み込みが早いな。ま、そっちの銃さばきを見りゃ分かるけどな。お前もただの素人じゃねえ。」
軽口に返事はせず、アマリリスは静かに視線を逸らした。武器庫を出て次に案内されたのは情報スペースの奥。そこには古びたサーバーと通信機器が並んでいた。壁にはコードが這い、ランプが点滅し、無線のノイズが微かに響く。
「ここで外からの情報を拾ってる。街に流れる噂も、匿名掲示板の書き込みも、俺たちは全部チェックする。嘘か真かを選別して、必要なら現場を確認に行く。それが俺たちの基本動作だ。」
エルクスの説明に、キヨミが真面目に補足した。
「ここで集める情報がなければ、私達は動けない。だから一番大事な場所なの。」
アマリリスはうなずきながらも、どこか心の奥でざらついた感覚を覚えていた。この情報網の前では、かつて自分が抱え込んだ孤独な戦いなど、あまりに小さく思えたのだ。続いて左手の通路を抜けると、広い空間に木製の床が敷かれている。そこは訓練区画だった。
吊るされたサンドバッグ、木製の人形、模擬戦用のスペース。床には無数の傷跡や黒いシミがあり、ここが日常的に激しい戦いの場となっていることを物語っていた。
「ここで動きを磨く。体を鈍らせないように、常に動き続ける。実戦はいつも予想外だ。ここで積んだものが生き残りを分ける。」
エルクスの声にはふざけた調子はなかった。真剣に、仲間を守るためにこの場を作り上げてきた意志が込められていた。ミアはナイフを振る真似をして
「いつでもここでドーン!ってやってるんだよ!」
と無邪気に言い、キヨミはため息をつきながら
「だから私たちは片付けに苦労するんだけどね。」
と返した。そのやり取りにわずかに口元が緩む。だが同時にアマリリスは、過去の自分には決して存在しなかった「仲間との日常」というものを痛感させられていた。
最後に案内されたのは生活区画と医療スペース。簡易ベッドが並ぶ部屋には毛布やランタンが揃い、隅には小さな冷蔵庫とガスコンロまである。ミアが誇らしげに
「ごはん作るのはエルクス!でもたまに私も挑戦するよ!」
と胸を張り、キヨミが
「その時は誰も口をつけないけどね。」
と呟く。医療スペースには薬品の瓶、包帯、消毒液が整然と並んでいた。即席ながらも、仲間を守るための備えが詰まっている。
「ここが全部だ。見ての通り、倉庫だけど俺たちの砦さ。」
エルクスが振り返り、少し真剣な目を向ける。
「どうだ、悪くはないだろ?」
「……ああ、悪くない。」
声は低いが、その裏には複雑な感情が渦巻いていた。今、そしてこれからの希望をこの場所が映していたからだ。
光は天井からぶら下がった裸電球が点々と照らすのみで、壁際には大小さまざまな地図や紙資料、写真が無造作に貼られ、古い木製の棚や鉄製ラックには書類箱や武器ケースが山積みになっていた。
足音が軋む。アマリリスは視線をさまよわせながら進み、目の前に広がる倉庫の空間を淡々と把握していく。エルクスは手元の書類を軽く指で押さえ、壁に貼られた大判の地図を指差して説明を始める。
「奥の分かれ道はまだ未開放の倉庫スペースだが、さっきも言った通り、ここには過去のチーター討伐記録や現場写真が保管されている。」
奥の分かれ道。なぜ未開放の場所について言及したかは謎だがアマリリスは無言で視線を滑らせ、壁に貼られた紙の束や写真、手書きのメモを順に目に入れていく。写真には血痕と破壊された建物、そしてチーターと思われる姿の影が映り込んでおり、横に小さな文字で戦闘の概要や日付、場所、犠牲者数、使用された武器などが淡々と記録されていた。
「これらの資料は全て過去の戦闘の証拠だ、どのチーターが現れ、誰が対処したか、結果どうなったかを整理している。ここら辺のは直近のやつだな。」
「俺が狩ったのは…」
アマリリスは紙に目を通しながら口を挟む。
「こいつとこいつとこいつ。それとこいつとこいつだな。」
それぞれの写真を指す指もその声も静かで冷たく、床に反響するわずかな音以外何も遮らなかった。
刃のチーター、歪曲のチーター、透明のチーター、幻覚のチーター、血のチーター。
アマリリスが狩ったのはこの5匹。
「刃のは路地裏で接近戦になった。濡れた地面、狭い空間、反射する刃の動き、それら全てを計算して回避と反撃を同時に行い、最後は頭部への突き刺しで仕留めた。こいつは動線を歪ませる能力を使い、自分の位置をずらすように攻撃してきたが、距離と反応速度を基準に軌道を予測して刃を当て、致命打で止めた。
透明は隠密を駆使し攻撃を仕掛けてきた。目視だけでなく音と気配を頼りに接近、ナイフを投げるタイミングと回避を同時に管理し、複数回の幻惑をかわして仕留めた。
幻覚のやつは視覚を操作して混乱させるタイプだ。心理的ダメージを負わすつもりだったんだろうが刃の軌道を分析し、幻覚が生むずれを補正しながら正確に突き刺して倒した。
血まみれのあいつは血液を刃に変換する能力を持ち、飛び散る血液と刃の軌道を同時に追い、隙間を見極めて銃とナイフで攻撃、最終的に頭部を貫いて止めた。」
アマリリスは淡々と、しかし一つひとつの戦闘を頭の中で反芻するかのように短く述べる。エルクスとキヨミ、ミアはそれを聞きながら、息を飲み、視線を交わした。静かに、しかし確実な敬意が湧き上がる。
「本当にすごい狩人……。」
思わずキヨミがつぶやいた。
エルクスは指で壁に貼られた写真の一枚を指す。
「ただな。灼熱のチーター、ラグのチーター、毒霧のチーター、それから灼熱のチーターの二体目もここに記録されている。正確に誰が討ったかは不明だ、噂も立っていない。しかも現場にいた者の証言もまちまちで、討伐者が特定できていないんだ。」
「つまり…俺の討伐分は確実に把握できるって事だ。」
アマリリスは視線を紙に落とし、手で地図をなぞるようにしながら続ける。
「刃のチーターは路地裏、血のチーターも同じ。歪曲と透明、幻覚は別々の地区で。それぞれ戦術は違ったが、最後に誰が仕留めるかは冷静に判断して決めた。隙間とタイミング、反応速度の全てを計算した上でのことだが、こちらは俺が関与していない。」
アマリリスはそういい、詳細が明記されていない写真を見て話を続ける。
「狩り方も現場も俺は知らなかった。灼熱のチーターは炎の操作を伴う戦闘、ラグのチーターは攻撃が遅延して予測を狂わせる。毒霧のチーターは視界と呼吸を奪う毒の散布…それぞれ危険だが、誰が仕留めたかは記録されていない。現場に残った情報だけが整理されている。つまりお前の戦果と、俺の戦果は別々に見える。だが現場での情報を基に判断すると、俺がやった分は確実だ。」
アマリリスは短く言い、壁に貼られたメモに目を落としたまま続ける。
「噂もない。誰がやったかも分からない、だが討伐された事実だけは残る。それだけで充分だ。戦場の結果は数字や名前ではなく、事実として刻まれる。」
エルクスはそれを黙って聞き、視線を上げて倉庫の奥の分かれ道を見つめた。
「この倉庫には他にも資料がある、討伐経路やチーターの行動パターン、武器別の戦績、犠牲者数、それから現場で得られた情報も保存されている。」
アマリリスは軽く頷き、紙の束を棚に戻した。
「噂や記録の有無は関係ない、俺が確認した事実が全てだ。どう倒したかも、どう戦ったかも…全て頭の中にある。」
キヨミが少し前に出て、口を開いた。
「すごい…こんなに冷静に、淡々と…でも、ここに書かれている情報って、あくまで表面的なものだけよね。現場で何が起きていたか、誰がどう動いたか、それを完全に把握しているのは…あなた一人なのよね。」
アマリリスは返事せず、視線をさらに奥に向けたまま小さくつぶやく。
「俺は…戦っただけだ。殺すべきものを、確実に仕留めた。」
ミアが不安げに眉をひそめる。
「でも、アマリリスさん…それだけの数のチーターを…一人で…。」
その言葉にアマリリスは軽く首を振り、紙の束を棚に戻す動作を続ける。
「たった5匹だぞ俺が狩ったのは。それにそもそも数ではない。確実さが重要だ。冷静に判断し、手順を守り、死角を潰す。悪に感情は介入させない。結果が全てだ。」
エルクスは視線を倉庫の奥からアマリリスに戻し、短くつぶやく。
「ならば、今後ここで共に戦う価値はあるな。」
アマリリスは答えず、再び資料に目を落とす。キヨミとミアも静かに見守る。倉庫内は再び静寂に包まれ、裸電球の黄色い光だけが影を揺らす中、アマリリスの淡々とした声が資料の紙を通じて事実だけを語り続けた。
その冷静さと無表情さが、不正者狩りの三匹に確実な信頼感を芽生えさせていった。そして討伐記録の壁に視線を戻す。そしてエルクスが話す。
「これからここで、俺達が手にした情報と戦力を使って討伐を続ける。お前の冷静さがあれば、連携は問題ない。アマリリス、お前の戦歴は確実に俺達の戦力になる。」
アマリリスは返答せず、視線を紙に落としたまま淡々と頷く。
「討つべきものを確実に仕留める。それだけだ。」
倉庫内の静けさは、アマリリスを除いた三匹の不正者狩りにとって、初めて見る真の狩人の冷徹さを、ありありと示していた。