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いるまは昔から、自分の拳にしか価値を見出せなかった。
強くなければ意味がない。
守れなければ、存在する資格がない。
その信念が揺らいだのは、ひまなつと出会ってからだった。
気だるげで、争いを避けるように生きていて、危険が近づくとするりと逃げる――
なのに、なぜか自分の隣だけは離れなかった。
「いるま、無茶しすぎ」
軽く笑いながら、ひまなつはいつもそう言う。
責めるでもなく、止めるでもなく、ただ隣にいる。
その距離が、いるまには救いだった。
だから――守らなきゃいけない、と思った。
誰よりも。
何よりも。
最初は、それが『優しさ』だと信じて疑わなかった。
ひまなつが少し帰りが遅れただけで、胸の奥がざわつく。
連絡がつかないと、頭の中が最悪の想像で埋め尽くされる。
怪我してるんじゃないか。絡まれてるんじゃないか。奪われるんじゃないか。
「……なんでそんな顔してんの?」
何事もなかったように戻ってきたひまなつを見て、いるまは思わず腕を掴んでしまった。
「どこ行ってた」
「え、コンビニだけど」
痛いほどの力がこもっていることに、ひまなつが眉をひそめる。
「離してよ」
「……悪い」
謝りながらも、手はすぐには離れなかった。
胸の奥に渦巻く安堵と苛立ちと恐怖が、混ざり合って整理できない。
ひまなつは、その違和感に小さく首を傾げた。
少しずつ、歯車は狂っていく。
ひまなつが他の人と話しているだけで、視線が追ってしまう。
笑っているだけで、胸の奥がざらつく。
「別に誰と話してもいいだろ」
そう言われた時、いるまは言葉に詰まった。
“いい”はずなのに。
“許せる”はずなのに。
なのに、心が拒絶する。
「……危ねぇ奴、いるから」
「俺、子どもじゃないんだけど」
ひまなつの声が少し冷える。
その温度差が、いるまの不安をさらに煽った。
離れていく気がして。
手を離したら、消えてしまいそうで。
守るという名目で、縛っていることに、気づかないふりをした。
ある日、ひまなつは静かに言った。
「最近さ、息苦しい」
その一言が、胸に突き刺さる。
「いるまの“心配”、ありがたいけどさ……俺、自立したいから」
責める口調ではない。
でも、はっきりと距離を示す言葉だった。
いるまの中で、何かがひび割れる。
守ってきたつもりだった。
支えているつもりだった。
一番大切にしているつもりだった。
それが――相手を追い詰めていたなんて。
「……じゃあ、俺いらねぇのかよ」
思わず零れた言葉は、弱さそのものだった。
ひまなつは驚いた顔で見つめ、そして少し困ったように笑った。
「そういうことじゃないだろ」
けれど、その笑顔が、ひどく遠く見えた。
夜、一人になったいるまは、握りしめた拳を見つめる。
強さでしか人と繋がれない自分。
失うことが怖くて、相手を縛る自分。
守りたかったはずなのに。
壊していたのは、自分だったのかもしれない。