テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「私の可愛いリーゼロッテ、よく帰ったね。それから、誕生日おめでとう」
使用人達に囲まれたリーゼロッテに、ルイスは愛おしげに声をかけた。もう演技は始まっている。
「お父様、ただいま帰りました」
リーゼロッテは、淑女らしくお辞儀すると嬉しそうに微笑んだ。今朝、会ったばかりだとは感じさせない、麗しき親子の再会。
「ささ、リーゼロッテお嬢様。お疲れでしょう! 湯浴みの準備は整っております」
侍女のアンヌに連れられて、移動する。
「失礼致します。あら? お嬢様、珍しいアクセサリーをされていらっしゃるのですね。よくお似合いです。湯浴みの間、こちらのケースに仕舞わせて頂きますね」
そうヨハナは言って、イヤリングをケースに入れる。
透かさず――リーゼロッテはイヤリングが仕舞われたケースを、遮音結界で閉じ込めた。
「はぁぁぁ。ヨハナ、ありがとう! これで普通に喋れるわ」
「全く! 女性の生活を盗聴などと……断じて許せませんわ!」とヨハナ。
「本当です。盗み聞きしている輩は変態ですね!」とアンヌもプリプリ文句を言う。
事前に話を聞いていた侍女達は、相当頭にきていたようだ。
「本当よね」
予想通り、まだ魔石からの指示は来ない。
馬車での移動は、一定の区間はゲートを使い馬車ごと転移する。そうでなければ、こんなに遠い辺境伯領まで簡単に行き来などできないからだ。
リーゼロッテやテオのように、自由に転移出来る者はそうそういない。
だから、リーゼロッテを追う者は、徹底して自分たちの存在を隠すため、時間差でゲートを使うはず。
「明日は……逆にこれを利用させてもらうわ」
リーゼロッテはケースに入ったイヤリングを睨む。
その日は疲れもあり――。
湯浴みを終えると、そのままイヤリングは放置して就寝することにした。
◇◇◇◇◇
翌日は――。
ルイスやフランツを筆頭に、皆に祝福され楽しい誕生日を過ごすことができた。
(これで、盗聴されていなければ最高だったのにね)
向こうを出る前に、先に転移しルイスとは軽く打ち合わせ済みだ。
どう考えても、14歳の小娘が大人の義父をいきなり誘惑するのは無理がある。ルイスのように、リーゼロッテの中身が実は大人であり、時々なるリリー姿を知っていれば別だが。
だというのに――。
「ならば……実の親子ではないのだから、最初から親子以上の関係にしてしまえば良い」
そうルイスは言った。不敵に笑い「私に任せなさい」とも。
(任せるって、いったい……何を?)
――その夜。
リーゼロッテはドキドキしながら、ルイスの部屋を訪ねた。
警戒心の無い声で、ルイスは奥に来るようにと促す。
耳にはイヤリングをつけ、手には玩具化した短剣を持つと、剣を背に隠したリーゼロッテは、部屋の中を進んで行く。
そもそもルイスは全て知っているのだから、短剣を隠す必要など無いのだが。ただ、何となく雰囲気でリアリティーを出してみた。
「……ルイスお父様」
「リーゼロッテ、よく来たね。こっちにおいで」
リーゼロッテは、ルイスが座っているソファーに近付く。
ルイスは笑みを浮かべ、リーゼロッテの手をグイッと引くと、自分の膝の上に座らせた。
(ひえぇぇぇっ!! 腰にお父様の手がぁっ!)
イヤリングから、リーゼロッテの鼓動が聞かれてしまうのではないかと思うほど、心臓が早鐘を打つ。
「私のリーゼロッテ……おや? そのイヤリングは、私があげた物ではないね? 悪い子だ、誰かに貰ったのかい?」
嫉妬を滲ませた声でそう言うと、リーゼロッテの耳を触る。演技だというのに
―――ゾクっとした。
「いいえ。これは、私が自分で買った物です……だって、お父様に会うのですもの。愛しい方の為に美しくありたいと思うのは、女心ですわ。……私には、ルイスお父様だけです」
リーゼロッテは、ルイスの頬に自分の手を添える。
ルイスは、その手を包み込むように握ると……そのまま、リーゼロッテをボスッとソファーに押し倒した。
「可愛いことを言ってくれるね。これでは、リーゼロッテが婚姻できる年齢まで、待てないではないか。……愛しい子だ」
なぜか、演技のはずのルイスの瞳が熱を持っている感じがする。心臓の高鳴りと、冷や汗が止まらない。
「……イヤリングが邪魔だね」
耳元で囁くと、リーゼロッテの耳からイヤリングを外し、コトリと下へ落とした。
――それは、ルイスからの合図。
ルイスがリーゼロッテにのし掛かると、隠し持っていた短剣をルイスの胸にグサリと刺した。
「……な、に?」
刺した短剣をリーゼロッテの手から取り上げ、壁に投げつけカシャーンッと落ちる。
ルイスは、ソファーからドスッと落ちた。
「……え?」と、操られた状態から、意識を取り戻したようにリーゼロッテは錯乱する。
「……お、お父様? い、いや、いやああぁぁぁ―――!!」
発狂したようにリーゼロッテは叫びながら、ソファーから飛び降りると、ガチャリとイヤリングを踏みつけた。
イヤリングは見事に壊れる。
即座にリーゼロッテは、壊れたイヤリングを魔法で完全に消滅させた。
(……はあぁぁぁぁ。終わった)
リーゼロッテは大きく息を吐く。
「お父様、終わりました」
「どうだ? なかなかの演技だっただろう」
ムクリと起き上がったルイスは、楽しそうに言う。
越えてはいけない関係……決して人には言えない恋人同士の演技。
「ええ……本当に。私、心臓が止まってしまうかと何度も思いましたよ」
ルイスは床に座ったまま、グイッとリーゼロッテを引き寄せる。
「それは困るな。……私は、本当にリーゼロッテを手放すつもりは無いのだから。こうやって、時々私に慣らすのも良いね」
リーゼロッテにだけ聞こえるように、耳元でまた甘く囁く。
そして、ルイスの唇がリーゼロッテの額に落ちた。
「ひゃあぁ!? もう、演技は終わりです!!」
頭から煙りが出そうなリーゼロッテを、満足そうな顔でルイスはギュッと抱きしめる。
(……ぐうぅ、揶揄われてる。恥ずかしくて死んでしまいそう。だから、嫌だったのよ……。この指示を出した奴、今に見ていなさいよっ!)
薄く開いた扉の向こうからエアハルト劇団……ではなく、協力してくれた使用人達が、微笑ましそうに見守っていた。