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「佳奈さん、ポテトはどうしてる?」
通された部屋に行くと、ポテトは点滴のようなものに繋がれてベッドの上に横たわっていた。ほとんど意識がなくぼーっとしている。
私が到着するのを待っていたのか、獣医らしき人が注射を持って中に入って来た。私は悲しくて溢れる涙を拭きながらポテトの小さな手を握った。
「ポテト、ごめんね。辛かったよね。私が来るまで待っててくれてありがとう」
薬が投与されてまもなく呼吸が荒く乱れていたポテトが眠るように動かなくなった。
この瞬間がいつも辛い。今までこのようなボランティアをしてきた中で、保護した犬が病気や怪我から回復できずにどうしても安楽死させなければならない時がある。保護するのが間に合わず、このような残念な結果になる事がたまにあるのだ。
こういう時自分の力のなさを感じる。
どうしてもっと早く保護できなかったのだろう。どうして家族を見つけてあげれなかったのだろう。どうしてもっと散歩させてあげなかったのだろう……
後悔が一気に押し寄せる。
私がポテトの手を握ったまま泣いていると、優しく頭を撫でる手を感じて顔をあげた。涙で霞む目の前にはなんと社長がいた。
「七瀬さんを降ろした後、気になって車を停めて中に入ったんだ。……間に合ってよかったな。七瀬さんに可愛がって貰えてきっと幸せだったと思うよ」
社長は私の手の上にそっと手を重ねるとポテトの頭を撫でた。
私はなぜだか涙が止まらず、社長に頭を撫でられながらひたすら泣いた。
***
その週末。
買い物袋を抱えアパートの前まできた私は、社長が車にもたれ掛かって待っているのを見えて驚いた。
──えっ?もう来てるの?
慌てて携帯の画面で時刻を確認するとまだ1時ちょっと過ぎだ。
今日は社長と一緒に午後ボランティアに行く為、午前中は化粧品や洋服などを買いに出ていた。
平日会社で地味な格好をしている為、週末は思い切りお洒落をして買い物へ行くことにしている。ちょっとした息抜きで、可愛い格好やヘアアレンジが好きな私はこの日ばかりは張り切って支度をして出かけている。
社長との待ち合わせは2時なので、時間には十分余裕があると思って帰ってきた。
「社長、待ち合わせは2時だとお伝えしたと思ってたのですが、もしかして私時間を間違えて伝えていたでしょうか?」
慌てて社長に駆け寄ると、彼はそんな私をまじまじと見つめた。
──そうですよね。別人ですよね……。
私は観念したように目をつむった。
今日は薄い色のワイドパンツと上はクロップトップの白いレースの可愛いシャツで、丈が短くウエストあたりの肌がほんの少しだけ見えるようになっている。
髪は可愛くアップにしていて大きなイヤリングをつけている。メイクも派手ではないが、私の大きな目が強調されるようにしている。
本当は社長が迎えにくるまでに一度会社用の地味な格好に着替えようと思っていたのに、これでは水の泡だ。
「あの、社長、この格好には理由があって……」
「……知ってるよ。七瀬さんがわざと地味な格好で会社に来てたの。……しかし実際にこうして見ると、全くの別人だな……」
社長が目を見開いてまじまじ見るので、私も彼をじっと見つめる。
高級なブランド服を着てくるのではないかと心配していたが、意外にも彼は普通の服を着ている。しかしスタイルがいいのか、ただのジーンズとTシャツでも物凄くカッコいい。
引き締まった腰、分厚い胸、シャツから覗く筋肉のしっかりついた腕。普段スーツ姿しか見ていない私は、彼が着痩せするタイプなのだと知ると同時に、その姿に思わず胸がドキドキと高鳴ってしまう。
社長も私の別人ぶりに驚いたのか、しばらく頭のてっぺんから足のつま先まで見ている。私と目があうと、いきなりふいっと目をそらした。よく見ると彼の耳が赤くなっている。
「あの、社長、お待たせして申し訳ありませんでした。今日は確か2時とお伝えしたと思ってて」
「いや、時間があったからちょっと早めに来たんだ」
私は再び時計を見た。少し早めだが今からペットショップに取りに行っても問題ないだろう。
「あの、5分だけ時間をください。荷物を家の中に入れたらすぐに出て来ます」
そう言い残して急いでアパートに入ると、荷物を置いてすぐに出て来た。
「七瀬さん、こんなところに住んでたんだな。セキュリティーも何もないが大丈夫なのか?」
そう言われて、何の変哲もない古い二階建てのアパートを振り返った。
大型犬可のアパートがなかなか見つからずとりあえずここにしたのだが、あまりセキュリティーの面は気にしていなかった。New Yorkに住んでいた私はここでも十分安全な気がしたのだ。