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「大丈夫ですよ。ここは閑静な住宅街の中に建っていて、近所の人も皆とても親切で周りのことをよく気をつけて見てくれてますし」
社長は心配そうに眉根を寄せるものの、それ以上は何も言わずに、私を助手席に座らせると車を走らせた。
この辺りでは比較的大きなペットショップに立ち寄る。
ここでは定期的に売れ残ったドッグフードやおもちゃ、ベッドなどを無料で寄付してくれる。店の中に入ると入口付近に子犬が何匹かケージの中に入っていて、転がりながら遊んでいるのが見えた。
この子犬達はニ週間前に連絡を受け、Paw Rescuersが引き取った子犬たちだ。母犬が子犬を産んだのだが自分たちでは面倒見きれず、子犬達に新しい家族を見つけて欲しいと連絡があったのだ。
私が子犬を撫でていると、社長が後ろからやって来た。
「かわいいな。この犬なんていう犬種なんだ?」
「多分雑種ですよ。この子達はうちで保護されたんです。ここのオーナーにこうやってここに置いてもらって、新しい家族に引き取ってもらうと同時に保護団体の宣伝もしてもらってるんです。」
基本的に団体から保護犬を引き取ってもらう場合、まず里親になるための面接をしてもらう必要がある。
その後里親は希望の保護犬を引き取る事を申請できるのだが、団体が家族構成や生活パターンなど犬と合うと思った時のみ正式に引き取る事ができる様になっている。
なのでここに置いてもらっている子犬たちも、あらかじめ子犬を引き取ってもいいと団体が判断した里親のみ引き取る事ができる。
子犬を希望する里親さんは多いので、ここに来て実際に会い、相性がうまく合えばそのまま持って帰れる様になっている。要は早いもの順になってしまう。
またこうしてペットショップに犬を置くことで団体に興味を持ってもらい、さらに里親として登録してもらう狙いもある。
私がこの話を社長にしているとオーナーの里中さんがやって来た。
「あおちゃん、いらっしゃい。寄付するものは全て裏にあるよ。」
「いつもありがとうございます。子犬達はどうですか?」
「何匹かすでに引き取ってもらえたよ。新しい飼い主さんからの誓約書もあるから一緒に渡すよ。」
その後寄付してもらったベッドなどを車に積み込み団体でボランティアをしているフォスターさんにいくつか配って行く。
全てが終わった時あたりはすっかり暗くなり私はあちこちへと運転してくれた社長にお礼を言った。
「社長、今日は色々とありがとうございました。ぜひお礼をさせてください。」
私がお辞儀をして感謝を述べると社長は私に言った。
「一緒にこの後メキシコ料理を食べに行かないか?ほら、この前ポテトの事で行けなかっただろ?今から一緒に食べに行こう」
彼が案内してくれたのは外から見ると何の変哲もない普通のバーだ。メキシコ料理というのでレストランみたいな所を想像していた私は面食らう。
「ここがメキシコ料理屋さんなんですか?」
「まあ、いいから中に入ってみろ。」
社長がバーの扉を開けると私は息を呑んだ。
中は壁一面にメキシコ独特のカラフルなアートや小物がびっしりと飾られ、またそれとは別にアメリカの道路標識やレトロな飾り物も飾られている。一瞬ここが日本だという事を忘れてしまいそうになる。
「すごい……」
私がぐるりと店内を見ていると社長がテーブルに案内しながら教えてくれた。
「ここのオーナーは昔テキサスに住んでて今はこのバーを経営してるんだ。お酒と一緒に色んな料理を出してくれるんだがメキシコ料理が特にうまいんだ」
「颯人さん、いらっしゃい」
ここのオーナーらしき人が社長に声をかけた。
「こんばんは。今日は彼女にうまいメキシコ料理を食べさせようと思って連れて来たんだ。いつものタコスと俺はテキーラ、七瀬さんはどうする?何か飲む?」
私はとりあえずテキーラサンライズをお願いして社長と一緒に座りながらお酒を飲む。オレンジの甘酸っぱい味がして飲みやすい。
「どうして七瀬さんはああいう地味な格好をして会社に来てるの?」
社長の質問にどうやって答えようか迷った。これは本当の事を言うべきなのだろうか?しばし黙っていると彼が口を開いた。
「どうせ変な男にでも引っかかったんだろう」
「っ……」
私は図星で何も言えず下を向く。
「確かに気持ちはわかるが、そんな男のために七瀬さんがそんな格好するなんておかしくないか?」
「別に男の人のためにあの格好をしているわけではないんです。自分の為なんです」
「自分の為?」
社長はテキーラを飲みながら私を見つめる。