パスタ屋さんを出たあとは、錬金術の素材集め。
錬金術師ギルドでいろいろと買い漁ったばかりだったので、それ以外のお店……街中の薬草屋や魔法のお店をまわることにした。
魔法のお店では、例の『ひぇっひぇっひぇっ』のお婆さん店員がくるかとも警戒したが、今回は普通の人が出てきて拍子抜けをしたり。
王都には魔法のお店が何件もあるらしいけど、あのお婆さん姉妹は王都にはいないらしい。
そういえば、王都の先の街にもう1人いるって言っていたっけ?
まぁ、そっちに行く機会があれば覘いてみることにしよう。
今回買ったのは入手したことのある素材が多かったが、それでも少しは新しい素材を増やすことができた。
軽く確認した限りではマイナーな薬ができるくらいだったんだけど、それでもいつか役に立つかもしれない。
出来ることの選択肢は、出来るだけ多い方が良いのだ。
その後は、メイドさんたちのカフスボタンを買ったアクセサリ屋さんに向かう。
店員さんと雑談をしていたら、思わずテレーゼさんの話が出てきて驚いてしまった。
テレーゼさんは趣味が彫金なんだけど、そこら辺の相談に乗ったことがあるのだとか。
その熱意と、ぐいぐいくる感じに圧倒されて色々と教えたそうなんだけど……うん、ぐいぐいくる感じはとっても分かる。
……それにしても世間は狭いものだね。ついつい、そんなことを思ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで、お屋敷に戻ったのは夕方も遅い頃。
夕食をとって少し休んだあと、私はエミリアさんを誘ってお店の建物に向かった。
お店……というのは、私がもらったお店。
工房と繋がっている、まだ開店していない錬金術のお店のことだ。
「アイナさーん。急にどうして、お店の方に?」
「ガルルンのぬいぐるみを、お見せしようかと思いまして!」
「あ、覚えててくれたんですね!
お疲れかなーって、明日聞こうと思っていたんですよ」
さりげない心遣いが何とも嬉しい。
しかし、私としては早く見てもらいたい気持ちがあったのだ。
「お屋敷の方ではちょっと出しにくくて。……場所を選ぶ、っていうか?」
「はぁ。そんな変なぬいぐるみなんですか?」
「いやいや、とっても可愛いですよ!」
「うーん? それで、場所を選ぶんですか……?
それじゃ、ぜひ見せてください!」
「はい! 出しますねー」
ヒュパッ
どすん
――何だかそんな音を立てながら、その場に巨大な……2メートルのガルルンのぬいぐるみが現れた。
「……ほぇ?」
エミリアさんは一瞬、不思議な声を出して固まったが、そのあと上を仰ぎ見てから、ようやくそれがガルルンであることに気が付いた。
「――え、ええぇ!?
な、なんですか、この大きいの! あははははーっ♪?」
そして大きく驚いたあと、大きく笑い始める。
ナイスリアクションです、エミリアさん!
「いやぁ、少し調子に乗ってしまって……。
ちょうどストレス発散で叩けるものが欲しかったんですけど、大きい方が良いかなー……って」
「おお! これ、叩いても良いんですか!?」
「どうぞー。結構丈夫にできているみたいなので」
「では遠慮なく! うりゃー!」
ぼふっ ぼふっ
何とも言えない音が、静かなお店の中に響いていく。
「なかなか良いでしょ?」
「本当に! いやー、わたしのストレス発散も捗りそうです! 今後も使って良いですか?」
「どうぞどうぞ。
でも、シルバー・ブレッドとかは撃ち込まないでくださいね」
「そんなことしたら、ガルルンだけじゃなくてお店も壊れちゃいますよ!」
確かに!
エミリアさんのシルバー・ブレッドは、そこら辺の魔物なら一撃で倒す威力があるからね。
「このぬいぐるみはここに置いておこうと思うので、いつでも使ってください。
……って、お店の鍵が開いてないか。では、使いたいときは教えてください」
「あ、ここに置いておくんですね。
うーん、お店に入ったらこのガルルン。インパクトが強いですね……!」
「そうですね……! それと、このお店って結構広いじゃないですか。
ガルルンの置物のスペースも作ろうかな……って思っていまして」
「おぉ、ついに!
……とすると、そろそろ開店準備をする感じですか?」
「ひとまず準備だけして、神器の素材を調べてから開店するのが一番スムーズかな……って思ってます。
あと私は毎日店番をしたくないので、こっちでも人を雇わないといけないかな?」
「決めなきゃいけないことは、たくさんありますね。
さすがにアイナさん、お店経営はしたことないでしょうし」
確かに、一番近いものでも……元の世界で、小売店の接客アルバイトをしたくらいかな?
「……さすがに経営は無いですね。
それにしても、また人を雇うことになるのか……」
「お屋敷の方でも、もうずいぶん雇っていますからね。
でも、ルークさんも今はいませんし……そうなると、お手伝いできるのはわたしくらいでしょうか!」
えへん、といった感じで胸を張るエミリアさん。
「むむむ、簡単にお店といっても難しそうですね……。
白兎堂とか、今日行ったパスタ屋さん、アクセサリ屋さんは少ない人数でやってましたけど、お店自体が狭かったですし」
「錬金術のお店は、人が押し寄せるような場所ではないですけど、それにしても2人では大変ですからね」
改めてお店の中を眺めると、やっぱり広い。
この広さならせめて、常時3人くらいは欲しいかな……? とすると、雇う人数はもっと多くなるわけで。
「誰かに丸投げしたい気分です。
商品は私が作って、あとは誰かに経営をお願いするような感じで」
「ふむふむ、それならまず店長さんを1人雇って……。
あとの採用とかは、その店長さんに全部お任せ~っていう感じでしょうか」
「私としては、それが一番楽ですね。
でもそこまで任せるなら、やっぱり信頼できる人じゃなきゃいけませんよね」
「ピエールさんに相談すれば誰かしらは紹介してくれるでしょうけど……。
やっぱり、人となりを知ってる方が良いですからね」
「エミリアさん、やってみません?」
「やってみません!!」
「あはは、冗談デスヨー」
「本気が見え隠れしてます!」
「いやいや。本当に冗談ではあるんですけど、それくらい信頼できる人にお願いしたいなって!」
「むぐっ、その信頼だけはありがたく受け取っておきます……!」
ここで話していてもキリがないし、一旦この話はおしまいにしておこう。
週に2日くらいだけ私が販売する……とか、他の選択肢もあるにはあるのだし。
「ひとまずそこら辺はもう少し考えるとして、今日はガルルンの置物を並べてしまいましょう」
「おお、残りの39個ですね! こっちも楽しみにしていたんですよ!」
アイテムボックスから、ガルルンの入った包みを次々と取り出す。
これもこうして見てみると、やはり結構な量だ。作るのも大変だっただろう。
「それじゃどんどん開けていきましょう。さすがに量があるので、さくさくっと」
「はい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのあとは1つ1つに感想を言い合いながら、どんどん開けて、どんどん並べていった。
38個も並ぶと、さすがに壮観なものである。
そして――
「アイナさん、それが最後の1個ですね!
……何だか、後回しにしていませんでしたか?」
「あ、分かりました? これだけ手触りが違うんですよ。
優しく包んであるというか、押すと柔らかいというか」
「……全部、木彫りなんですよね?」
「そのはずなんですけど……。それでは開けてみましょう」
柔らかな感触を確かめながら、包みを静かに開けていくと――
「「――ぶはっ!!?」」
それを見た瞬間、私とエミリアさんは大きく噴き出してしまった。
包みの中から姿を現したのは――
頭からキノコを1つ生やしている、ガルルンの置物!!
「え、ええぇ!?
さすがにこれはシュール過ぎじゃないですか!?」
「アイナさん、これは本物のキノコですよ……。匠の技にしても、これは見事なものです……!
……って、あれ? 包みの裏に何か書いてありませんか?」
「え? あ、本当だ。これはセシリアちゃんの字かな……。
『小さなキノコが生えてたので、そのまま使ってみました。頭の磨きが足りませんが、それ以上のインパクトを与えると思います』……だそうです」
「自然の素材を、そのまま大切に……ってやつですね!」
「こういうこともあるんですね……。それにしてもセシリアちゃんの才能、恐るべし……。
毒とかが無ければ、むしろ永久保存版にしておきたいところですよ、これ」
そう言いながらキノコを鑑定をしてみると――
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【ガルルン茸】
突然変異によって生まれたキノコ。
疫病への抵抗力を上げる薬を作ることができる
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「「…………」」
何だか、凄いの生えてるぅううううっ!!!!