1854死ネタ
ねぇ一松。なんで僕達兄弟なんだろうね?
6人全員兼用の目覚まし時計がジリリリリとけたたましく朝を知らせる。
チョロ松兄さんがむくりと起き上がり少しの間宙を見つめ、声にならない呻き声とあくびを零して階下へ向かった。
それを横目でちらりと一瞥し、僕は小さくため息をもらした。
「ん、?どうしたの」
突然隣から聞こえた声に驚き、微睡みつついた意識は遥か向こうへ飛んで行き、僕の心臓はバクバクと早鐘を打った。
「なっ、んにも…ない、けど」
慌てて取り繕う。
寝惚け眼で此方をみつめる一松はすごく艶やかで可愛らしく、僕は驚きとは違うドキドキを感じた。
一松はすぐに「ふぅん?」と気にも留めない様子で起き上がり、寝起きにしては軽やかな足取りで階下へ向かった。
それを追いかけるようにして僕も早足で階下へ向かった。
すぐに追いかけたお陰で一松の背中にすぐ追いついた。
足音に気付き振り向いた一松はあくびをしながら先にトイレに入る旨を伝えてきた。
それに無言で頷き、目を擦った。
居間へ入るとまだ7時だと云うのに母さんは忙しなく朝食を作っては運んで作っては運んでいる。
テーブルには既に父さんが着席しており、卓袱台にはチョロ松兄さんが座っている。
どちらも新聞を手にしており、少しは手伝えよと自分を棚に上げて思う。
そうして暫し無言で立ち尽くしていると一松に続き兄弟達が続々居間へ入ってくる。
僕は慌てて着席し、何事も無かったかのように振る舞う。
誰よりも優しく器用な一松は母さんの手伝いをしつつ兄弟と会話を楽しんでいる。
そんな一松が羨ましくて恨めしくて大好きだ。
僕はいつからか素直になることが出来なくなって、ずっと全てを拒否するように突き放してきた。
そんな僕をみんな見放す中、一松だけはずっと僕に優しく話しかけてくれた。
小さな頃から一松は臆病な僕を優しく導いてくれていた。
そうして優しい一松に甘えてここまで大きくなり、気付けば僕は一松に大して性的な恋愛感情を抱くようになっていた。
そんな自分が気持ち悪いし、大嫌い。
でもそんな僕に優しくしてくれる一松も嫌いだ、と八つ当たりのような感情も芽生えている。
毎日毎日やり切れない気持ちを鎮めるために運動をして勉強をする。
でもそろそろ、限界だったんだ。
皆が朝食を食べ始め、食卓はどんどん賑やかになる。
そんな雰囲気に口内で舌打ちをする。
ふと、一松をチラリと見遣った。
一松は目を伏せ、長いまつ毛が揺れている。
沢山頬張っているであろう頬は少し膨れ、口元は何度も上下に動いている。
咀嚼している行為にすら少しゾクゾクし、誤魔化すように僕は背中を少し伸ばした。
食後、おそ松兄さんやカラ松兄さんはダラダラとテレビを見ていたけれど、時計の針を見てぎょっとしたように2階へかけていった。
僕はそれを横目に靴を履いている。
もうとっくに父も母も職場へ行ってしまった。
靴紐を慣れた仕草で結んでいると、誰かが階段を降りてきた。ドタドタと走るでも普通に降りるでもなく、出来る限り音を立てないように降りてくるその音は、紛れもなく一松のものだった。
特に意味も無い焦りが僕を襲い、僕はぎゅっと靴紐を縛った。
「あ、十四松、今から行くの?一緒に行こうよ」
結び終わった途端後ろから掛けられるその言葉に複雑な感情が渦巻く。
言え、言うんだ。
脳内に響く言葉に従い、僕は振り向いた。
「一松兄さんなんか大っ嫌い。話しかけんな」
そう言い放ち、僕は今度こそ振り向かずに学校へ向かった。
僕が言った言葉は本心でもあり嘘でもある。
一松兄さんは嫌いだけど一松は大好き。
兄の一松が好きなんじゃなくて、そのままの一松が好きなんだ。
そう言えたらきっと僕は楽になるんだろう
一松は呆然とした。
(今、十四松はなんて…?)
それから1歩も動けなくなり、暫くそこに立っていたが後ろから来た他の兄弟と共に一松も学校へ向かった。
今更後悔している。
気にかけてくれた一松に僕はなんて事を言ってしまったんだろう。
きっと優しい一松の事だから気にしなくていいよと僕を許してくれるんだろう。
でも、僕自身が僕を許せないし、もう疲れてしまった。
ポケットに入っている全くと言っていいほど使われない携帯で一松へメッセージを送った。
放課後、僕は家に帰るような素振りで学校から出て、そのまま海へ向かった。
海と言っても海が見える崖のような所だ。
バスに乗り、ひたすら揺られる。
もう、もう疲れちゃったから、最後に一松を巻き込んでしまおう。
嗚呼可哀想な一松。
僕に好かれてしまったばっかりに。
でももう僕は朝みたいに振り返りはしない。
ただ前へ進むだけだから。
橙と紫が美しく溶け合い、星が輝いている。
僕が海を眺めていると、後ろから一松の声が聞こえた。
「十四松…?あの、さ、」
言い淀んでしまう一松。
僕は振り返らずに言った。
「僕、一松兄さんの事は大っ嫌いだけど一松の事は大好きなんだよ」
一松は隣へ来て僕の顔を伺いつつ、何が何だか分からないという顔をしている。
「つまり、どういうこと?」
一松が目を伏せている。風で睫毛が揺れる。
「一松の事が性的に好きって事。」
不意に視界がぼやける。
「えっ、あ、泣かないで、十四松…」
一松が此方へ手を伸ばす。
それを掴んで、言った。
「一松には悪いけど、一緒に死んで。拒否権は無いよ」
そう言って僕は一松の手を強く引いて飛び降りた。
酷く驚いたような焦っているような顔をした一松を見た後からの記憶は、思い出せない。
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