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午後の陽光が
カーテン越しに淡く差し込むなか
喫茶 桜の一角では──
またしても、夢のような光景が広がっていた
長テーブルの上にずらりと並べられた
色とりどりのアイス
フルーツやトッピング。
カットメロン、苺、ブルーベリー
キウイ、マンゴー。
小瓶に詰められたソースは
チョコ、ストロベリー
パッションフルーツ──
パフェ用の小さなグラスが
整然と並べられていた。
だが
今日のパフェビュッフェはひと味違う。
「次、バニラアイスとバナナ!
それに、ホイップクリームを山盛りで!」
「おうよ──っと」
ソーレンが指を鳴らした瞬間
指定された具材がふわりと宙に浮かび
スプーンやグラスも
追従するように漂い始めた。
まるで、空中にパフェを描く魔法使い。
目の前で〝浮かぶ〟素材たちは
くるくると旋回しながら
グラスに吸い込まれていく。
重力の指先で積み上げられるスイーツの塔。
「うわああ!」
「すっげぇぇぇ!!」
「ソーレンお兄ちゃん、魔法使いだぁぁ!!」
子供たちの歓声が店内に響き渡り
職員たちの拍手も混じる中──
ひとり
ただ静かに座ったままの少女がいた。
──アメリア。
盲目の少女は
声だけでその盛り上がりを感じ取りながらも
自身には見えぬ〝空中の魔法〟に
手を出すことはなかった。
その様子に気付いた時也は
厨房の出入り口に立ったまま
静かに一呼吸を置いた。
そして、何気ない仕草で
長身のソーレンの傍に寄り──
彼の肩に手を添え、耳元に言葉を落とした。
「アメリアさんにも──⋯」
囁くように紡いだ、その瞬間──
(きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!)
──声にならない声が
時也の脳内に突き刺さった。
「⋯⋯ッ!」
それは叫びではない。
音ですらない。
心から湧き上がった、〝魂の絶叫〟──
まるで雷鳴が脳幹を直撃するような衝撃。
そのあまりの〝声量〟に
誰の心かも判別できぬまま
時也はふらりと膝からよろめいた。
「⋯⋯おいっ!大丈夫かよ、お前?」
すかさずソーレンが
反射的に彼の腰を支えた。
「い、いえ⋯⋯だ、大丈夫です⋯⋯
何でも⋯⋯ありま、せん⋯⋯」
かろうじて笑みを保ちながら答えるが
その瞬間──
再び、追い討ちのように襲いかかる。
(いやあああああああああああ!!!!
ヤバいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!)
「──っ、し、失礼⋯⋯いたします⋯⋯!」
魂の髄を直接揺さぶられるような咆哮に
ついに限界を迎えた時也は
肩を震わせながら
ふらふらと厨房の奥へ
逃げるように姿を消した。
残されたソーレンは
意味が分からずに眉を寄せる。
「⋯⋯なんだ、アイツ⋯⋯?」
「なんか⋯⋯ふらついてたわね⋯⋯?」
レイチェルが心配そうに呟く。
だが、そんな混乱の隣で──
ソーレンは、ふと真剣な眼差しに戻った。
アメリアの前にしゃがみ込み
彼女の手に一本のスプーンをそっと渡す。
「なぁ、アメリア。
ちょっと訊いてもいいか?」
「⋯⋯うん」
「このスプーン、曲げられそうか?」
彼女は慎重に
指先でスプーンの形を探るように触れた。
「⋯⋯ううん。すごく⋯⋯かたい」
「だよな?」
ソーレンが、にやっと笑う。
「お前に
ちょっとだけ魔法をかけてやるよ。
そのまま、両端を持っててみ?」
少女の手が
スプーンをしっかりと握った瞬間──
ソーレンの指が、軽く鳴った。
──ぐにゃり!
何の力も加えられていないはずのスプーンが
彼女の指の中で
両端が付くほどに曲がった。
「⋯⋯っ!」
アメリアが、小さく息を呑む。
その気配に気付いた
周囲の子供たちが駆け寄り
一斉に歓声を上げた。
「ほんとに曲がった!!」
「すごーい!!」
「アメリアすげぇ!!」
その中心で、アメリアの唇が──
ふわりと、ほころぶ。
──それは、今日初めて見せた
微笑みではなく、確かな〝笑顔〟だった。
遠くからその様子を眺めていたライエルは
静かに目を細め、胸中で呟く。
(──さすが、時也様のご指示⋯⋯
アメリアが、笑いましたね)
どこか
照れくさそうに頭を掻くソーレンの背を
アメリアの笑顔が、そっと包み込んでいた。
⸻
厨房の奥
白いタイルの床に片膝をついたまま
時也は静かに額を押さえていた。
蒸気の立つ鍋の匂いも
切り分けられた果実の甘い香りも
今はただ遠く
霞の向こうにあるようだった。
「時也様⋯⋯!如何なさいましたか!?」
絹を裂くような焦りを帯びた声とともに
小さな足音が駆け寄ってくる。
青龍が、時也の前に膝をついた。
「⋯⋯あんな〝心の声〟⋯⋯
生まれて初めてでした⋯⋯」
時也の声は掠れ、震えていた。
苦笑のように口元を緩めながら
片手を額に当て、身を屈める。
「⋯⋯鼓膜ではなく⋯⋯
魂を⋯⋯貫かれるような
強烈な〝叫び〟⋯⋯」
「⋯⋯心の叫び、ですか⋯⋯?」
「⋯⋯ええ。
誰かの⋯⋯ですが⋯⋯声量が大きすぎて⋯⋯
誰のものかすら、判別できませんでした」
時也は静かに首を振り、深く息を吐く。
「青龍⋯⋯申し訳ないのですが⋯⋯
店内を確認してくれませんか?
もし、体調の優れぬ方がいれば⋯⋯
すぐに教えてください。
あの叫びは──
ただの感情の揺れでは⋯⋯ない」
青龍は、一瞬の迷いもなく、真剣に頷いた。
「──御意」
そして、小さな身体を翻し
軽やかな足取りで厨房を後にする。
ホールに戻った青龍は、鋭く
しかし柔らかな目で客たちを観察していた。
子供たちはパフェを手に
目を輝かせていた。
職員たちも穏やかに微笑み
特に異変を感じている様子はない。
「ねぇ、青龍。時也さん、大丈夫なの?」
配膳を終えたレイチェルが
青龍に小声で問いかける。
「心の声にあてられたようでございますが
どなたのものかは
まだ判別できておられません⋯⋯
お辛そうにされていた方に
心当たりはございますか?」
「え?
みんな、むしろ
すっごい楽しそうだったけど⋯⋯?」
レイチェルは眉を寄せるが
その目には不安の色が滲んでいた。
「⋯⋯そのように見受けられますな。
では、今一度──時也様に報告いたします」
青龍が再び厨房へ戻ると
時也は壁際の棚に片腕を預け
深く呼吸を整えていた。
「──皆様、穏やかにお過ごしでした。
叫びは、今も聴こえますか?」
「⋯⋯いえ。
厨房に入ってからは、静かですね。
少し、頭痛も落ち着きました。
⋯⋯戻りましょうか」
時也はゆっくりと身体を起こし
背筋を伸ばした。
だが、その額にはまだ汗が滲み
目の奥にわずかな怯えが残っていた。
店内に戻ると
彩り豊かなパフェがテーブルを飾り
笑い声が天井にまで届いていた。
──だが、その空気の中に
時也はまだどこか
うっすらと不協和音を感じていた。
ライエルが子供のひとりに
静かに声をかけている姿を見つけると
時也はゆっくりとその傍に歩み寄り
そっと声をかけた。
「ライエルさん⋯⋯少々、お耳を⋯⋯」
椅子に腰掛けたライエルに身を屈め
唇を彼の耳元へ寄せ──
──その瞬間。
(きゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!)
またしても、あの〝咆哮〟が
時也の脳内を突き刺した。
今度は──先ほどよりも、遥かに激しく。
まるで天井から槍が降り注ぐように
意識の芯を叩き割られる。
「っ──!」
白くなる視界。
意識が軋み、足元が崩れる。
時也の身体は、支えを失ったように
ふわりと前へ傾いた。
「と、時也様⋯⋯っ!?」
ライエルが驚愕し、即座に腕を伸ばす。
が、その瞬間──
「おい!何だってんだよ!」
怒鳴り声と共に、ソーレンが駆け寄り
倒れかけた時也の身体を
するりと腕に抱き留めた。
だが、時也は──
耳を、押さえていた。
今もなお
頭蓋の内側に響き渡る〝心の咆哮〟に
声を上げることすらできずに。
「⋯⋯おい!大丈夫かよ!?」
「──っ、う⋯⋯うあ⋯⋯」
答えようとするが
その声すら、叫びに掻き消されて届かない。
時也の顔は苦悶に歪み
唇だけが、必死に何かを紡ごうとしている。
青龍も駆け寄り
時也の額にそっと手を当てたが──
「⋯⋯これは、尋常ではない⋯⋯」
その言葉の通り
時也の意識は、叫びの波に呑まれるように
再び──
深く、暗い無意識の底へと沈んでいった。
「⋯⋯くそっ。もういい、俺が連れてく」
ソーレンは短く言い放つと
軽々と時也の身体を抱き上げ
ホールの出口へと向かって歩き出した。
まだ騒然とする店内の中
彼の腕の中で──
時也は、静かに目を閉じていた。