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愛して、『る』に情熱を

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愛して、『る』に情熱を

41 - 第41話 「どうして……」

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2026年03月10日

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 試合が中断されたため、ドロップボールで試合が再開された。

 水沼が大きくボールを蹴り上げる。センターサークル内に落下するボールを拓真さんがヘディングしようとするや、相手選手が背中から拓真さんにぶつかってきた。

 即座に笛が吹かれる。拓真さんは片膝をつき鼻に手をやる。その手を、血が伝っていた。

「止血処理をしてくるように」と、審判がピッチの外へ出るように指示を出す。

「大丈夫ですか?」

 声をかけると、鼻から下を鮮血で染めた顔で拓真さんは振り向いた。「情熱を滾らせて興奮したようだ」目元を涼やかにしてさらりと言う。

「だったら、瑞奈は鼻血だらけですね」

 拓真さんが声をあげずに白い歯を見せた。不思議とリラックスしだしている自分がいた。良い意味で力が抜けていた。

「ぜってぇ、わざとだ」大河が吐き捨てながら、間接フリーキックの位置にボールを乱雑に置く。「マジ、こんなにもフェアプレーからかけ離れたチームは初めてだ。ったく」

 大河が冷静さを失っていた。言葉も荒い。朔太郎との連携プレーをしてもらうためには冷静になって欲しいところだった。

「まあ、なんだ、正義は勝つ」

 大河がきょとんとした顔を俺に向けた。ジェルで立てた髪型同様に、逆立っていた目つきが丸くなった。

 笑うとこだよと突っ込む前に、テレた俺は付け加える。「と、拓真さんなら言うよ」

 ようやく頬を緩めた大河は、背筋がすっと垂直に伸びていた。穏やかな目つきになっている。これなら、きちんとした視野でピッチを見渡せるだろう。

「足を引き摺っている朔太郎に、これ以上激しい上下運動をさせたくないから、俺がサイドに張ってあがるようにする。だから、そのつもりでな」大河がクロスボールを蹴るみたいにその場で足を振った。「まあ、瑞奈ほどは上手くいかないけど」

 大河の表情は、試合に臨む瑞奈と同じくらい頼もしかった。

「頼む。絶対にボールにも追いつくから」

 拳を突き出す。大河も拳をこつんとあててくれた。

 大河が左側のタッチラインへと強くボールを蹴る。

 右サイドを突破できなくなっていたため、サイドチェンジで攻撃のリズムを変えるのだ。右に寄っていた相手ディフェンダーが反応し、左へと布陣を変える。

 あ。

 微かに陣形が乱れた。相手センターバック二人の間が広がり、ディフェンスラインも揃っていない。

 要は、隙間が空いたのだ。

 思った矢先、俺は駆けだしていた。

 審判がちらっと腕時計を見た。ひょっとすると、最後のチャンスかもしれない。俺は自分が走る前方を指さす。そこへパスを出してくれ、と。俺の動きを察知した味方選手がセンターバック間にパスを通した。

 しまった、という声を耳にしながら、俺は、センターバック間の割れ目を裂くように走り抜ける。

 オフサイドを判定する副審はフラッグをあげていない。俺の目の先で、ボールが伸びる。速いパスだった。ボールが逃げていくみたいだ。

 ――走る足に情熱を込めてっ!

 声が聞こえた……気がした。瑞奈の息遣いを感じるほど近くで。

 届け、届け、ボールに足が届け。想いが瑞奈に届け。

 俺は足を前方へと投げ出す。伸ばした右足のシューズ先がボールに触れる。直後、ふっと力を抜いた。ボールが弾まずに俺の足もとでぴたりと収まる。

 トラップした右足で芝を捻じ込むように踏んだ。体勢を崩さないよう大腿筋に力を入れ、左足を振りかぶる。

 残り時間はもうない。決めれば俺達が勝つ。勝てるんだ。

 左足を振り抜――突如として、壁が生じる。両腕を広げた体勢で水沼が跳び込んできていた。

 水沼の手がボールを弾く。ボールが上空へと浮きあがった。

 だが、シュートの勢いは弾かれてもなお削がれていなかった。浮いたボールは、水沼の背後でルーズボールとなって浮いている。彼の身体の重心は前方へと傾いているため、ボールを追いかけることは不可能だ。対して、俺は前を向いている。ダッシュするための体重移動も既になされている。

〝押し込め〟

 朔太郎が幸成が拓真さんがチームメイトが、大声で俺を後押しした。きっと瑞奈も力添えをしてくれている。

 俺は前へと駆けだす。奥歯を噛む。風がひゅっと耳もとで音を立てた。ボールを目がけて、跳ぶ――

 突然、天地がひっくり返った。

 ヘディングで押し込むためにボールへと突き出していた上半身がぐらりと傾いた。視野に収まっていたボールが一瞬にして消え、かわりに青々とした天然芝が目に入る。なぜ自分の体勢がこんなにも崩れているのか、分からなかった。

 事態を把握したのは、顔面から芝に落ちてからだ。

 俺の胴体を掴む手があった。真っ赤なユニフォームの袖が目に飛び込んできた。

 相手チームのセンターバックが俺のヘディングを阻止するために、背中から俺の胴に抱きついていた。

 威嚇するような笛が吹かれ、審判が、俺を抱き止めたセンターバックにレッドカードを提示する。

 芝にうつぶせになりながら、退場していく相手選手、それと周囲を見ていた……。

 拓真さんが審判に意見している。幸成がピッチに怒鳴り込もうとして第四審から注意を受けている。

 それらの様が白黒映画みたいに俺の目には映っていた。遠ざかる退場選手の背中にも色は付いていない。視界が揺れだす。わなわなと俺は震えていた。

「残念だったな。だが、これがわしらの戦い方だ」

 水沼がボールをペナルティマークに置いた。

「あとは、わしがPKをストップすればいい。そうすれば延長戦に突入だ。仮に延長戦でもお互いゴールできなければ、PK戦だ。そこでわしはまたPKをストップする。どのみちおまえらはわしらに勝てない。決勝へはわしらが行く。そして優勝して、わしらが天皇杯に出場する」

 からからと水沼が嗤った。哄笑が耳穴を侵襲する。耳を塞いでも耳鳴りのように、彼が嘲る声が俺の頭の中で反響した。

「どうして……」

 芝をむしることさえできずにうつぶせのまま、無慈悲な空気に俺は押し潰されていた。

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