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「ただいま」
ガチャリと自宅の扉を開けると、暖かい空気が僕を包み込む、その暖かさが優しくて泣きそうになる。目をぎゅっと瞑って涙を堪え、すぅと息を吸うと少し残った鉄臭さと一緒に暖かな空気が肺を埋める、その感覚に、少し安心した。
うん、大丈夫、ちゃんと取り繕える、笑える。
ゆっくりと呼吸をして、涙も目の奥に引っ込んで来た頃、ダッダッと誰かが走ってくる音が耳に触れた。
「オサム〜!!!おっかえりぃ〜!!」
嗚呼、何時ものアレかとそっと腕を広げて衝撃を待つ、少ししてドンッ!と184センチもの巨体が僕に衝突する、少し僕がふらついた所をその逞しく長い腕が支える。
「今日は遅かったじゃあ無いか!お兄ちゃん待ってたんだよぉ〜!?」
一番上の兄が僕の体をぎゅうぎゅうと抱きしめ、頬を擦り付けながら軽口を叩く。余りに強く抱きしめてくるから、少しばかり苦しくなってきた。
「おい!オサムが苦しそうだろう!」
またタタタッと足音が聞こえた後、三番目の兄が此方に来た。
「おっと!ごめんねオサム、痛かったかな?」
よしよーし、と彼が僕の背を撫でる、その手付きが余りにも優しくて、割れ物を触る様に大切そうに撫でる物だから、嬉しくて、暖かくて泣きそうになった。だが、ここで泣くわけにいかない、なんとかして眼球の奥底に涙を留めて。ヘラリと笑って見せた。
「うふふ、大丈夫だよ。」
「ただいま、シグ兄、コーリャ兄」
彼らが好きなこの表情をすれば、二人は嬉しそうに笑って、コーリャが頭を撫でて、シグ兄は僕の未だ痛む頬を優しく撫でて、二人して
『おかえり、オサム』
と、愛しげに僕の名前を呼んでくれた。
リビングと廊下を隔つ扉を開けると、二番目の兄が此方を見遣った。
「おかえりなさいオサム。」
「ただいま」
待っていたよと言わんばかりの優しい顔で笑む、彼にしては珍しい表情に思わず頬が緩んでしまう。その衝動で頬の傷がヒリ、、、と痛む、頬をさすりたくもなるがあからさまに痛そうにする事など心配性な彼らの前では出来ないので、バレない程度に歯を食いしばった。
次は切れた歯茎がビリビリと痛んだ、何をしても痛くなるばかりでどうしようも無いなと自分の感覚の敏感さに呆れてしまう。
そんな情けなさを放って、笑みを深めた。
ふと彼が言う。
「夕食はまだなので、先に課題を済ませておきなさい」
「うん、分かった」
良かった、一人の時間が出来た。
この家の暖かさに、兄達の優しさに今直ぐにでも泣いてしまいそうで。さっさと部屋に向かった。
ガチャリと扉を開けて、部屋の電気をつけ、勉強机に向かう。さて、今日の課題を始めよう。と鞄を漁ったら、指にチクッ!とした痛みが走った、咄嗟に手を引き上げれば血が出ていた。
なにかと思い鞄のチャックを最大限に開け、大きく開いてみると、そこにはカッターの刃が顔を出していた。
「はは、、、」
自身の嫌われように、思わず呆れた笑みを溢す。手を切らぬようゆっくりとそれを取り出してみれば、何か書かれていた。
眼を凝らして観れば、随分と汚い字で汚らしい言葉がカッターの表面に書かれていた。
『シネ』だの『キモイ』だの『キエロ』だの、殴り書くような汚い字で書かれていた。彼奴らの陰湿さに吐き気がする。
何処まで不愉快な思いをさせれば気が済むんだろうか。
まあ良い、彼らにまで被害が及ばないならばまだ良い。
こんな感情さっさと忘れて、課題を済ませて仕舞おうとノートを開く。
部屋の中には、カリカリと紙と鉛筆が掠れる音と、啜り泣くような声が微かに響いていた。