「ん〜、、、終わったぁ」
文字がびっしりと書かれたノートの上に、シャーペンをカタ、、、と置く、凝り固まった体をぐーと伸ばせば、コキゴキと骨がなった。ふと時計を見るともう8時になっていた、課題も終わったし、そろそろ夕飯が出来る頃かと思い、支度を手伝いに階段を降りる。
ドアノブを回そうとした時、ふと扉に備え付けてある窓越しに彼らのシルエットが目に映った、楽しそうな声が聞こえた。今行っても大丈夫だろうか、ちゃんと笑えるだろうか?。
心臓がどくどくと脈打って、目に涙が溜まり始め、息が詰まり始めた。
落ち着け、大丈夫だから、おちつけ。
そう言い聞かせても鼓動は落ち着いてくれない、それどころかばくばくと脳で反響する。抑えっぱなしだった涙が溢れそうになる、このままではいけない、彼らにばれる。
一人になれる場所に、一人になれるどっかに、そうだ、部屋、部屋に戻ろう、もう涙も嗚咽も留まりそうに無いから、部屋に戻ってから存分に泣こう。
「っはぁ、、、ゔぅぁ、、、」
上手く息が出来ない、吸い込もうとしても空気が冷たくて肺が痛い、苦しい、苦しい。
青年は机に置いてある薬品の瓶に目をやった、そっと手を伸ばし、掴む。
水すら含まず瓶から口へと移した、苦味を感じたが時期にそれすら分からなくなる。
身体が浮く様な感覚に包まれる、気持ちが良い、口に唾液が溜まり始め、端から溢れた。楽しい、楽しくなってきた。
「あは、は」
いつもは酸化して見える世界が、今はとても鮮やかで、綺麗で、愛しく見える。
今は良いや、今だけは我慢しない。
青年はそのまま鮮やかな世界を楽しんだ、実に奇妙に喘ぐ声は、部屋の中に閉じこもって、誰かの耳に入ることすらしなかった。
「うへ、はは、はぁ」
浮かれた夢から覚めた、覚めてしまった。
ふと時計を見た。
「あれ、、、?」
もう30分も経っていた、嗚呼、手伝う筈だったのに。
床に転がった瓶を机の上に戻そうと左手を動かす、その刹那、ビリっ!とした痛みが走った、思わず手首を抑え、声を漏らす。
「いったぁ、、、」
抑える手を退かせば、手首は赤く染まっていた。嗚呼、またか、またやったんだな、僕は。駄目って分かってるのに、薬も、自傷も普通の人ならやらない、おかしい事だって事も、彼らに心配かけるってことも、全部わかってるのに
「だめだな、僕は」
どうしてもやめられない。
ドアノブに手を掛け、すぅーと息を吸いはぁーと吐き出す、大丈夫、笑える、笑えてるよ。
ガチャりと扉を開く、2人の視線がこっちに集まり、少し身体が強張る、その刹那。
「あ、やぁっと来たぁ、もーお兄ちゃん待ってたんだからぁ!」
「わぁっ」
後ろから急に抱きつかれ、びくっと体が跳ねた、自室にいた一番目の兄が降りてきた様だ。解かれた長い白髪が頬を擽る、そんな事気にもせずに頬ずりをしてくるから、もっと擽ったい。
「うふふ、擽ったいよコーリャ兄」
「可愛いねぇオサム〜!」
ふと彼を見る、すごく優しい顔で笑っていた。フェージャもシグマも暖かく笑んで此方を見つめる、まるで大切な人に笑いかける様に。ああ、こんなに大切にされているのに、なんで僕は、彼らの大切な物に傷ばかりつけるんだろう。どうして守れないんだろう。
グッと左手を握り締めた、先程付けた傷が痛んで血がジクジクと滲んできた。
「そろそろ夕飯にしましょう、オサム」
ふと彼が言う、ああそうだ、今日は蟹だったな。前は楽しみだったのに、今は胸が躍らない、いつからこんなになっちゃったんだっけ。
「ほら、兄さんもいつまでオサムにくっついてるんです」
「え〜良いじゃん、オサムあったかいよ!」
「良くない、このくっつきむしめ」
兄達が仲睦まし気に話している傍ら、青年は俯いて何も発さない。二番目の兄が見かねて声を掛けた。
「オサム?何をぼーっとしてるんです」
「ぁ、ああいや、ちょっと考え事をしてて」
危ない、完全に上の空だった。嗚呼、やめてよ、心配そうな顔で僕を見ないで、苦しくなるから。
「どうした、何か嫌な事でもあったか?」
そんな事ないよ、だからそんな優しく目で見つめないで
「大丈夫なのかい?」
やめてよ、言える訳無いのに、言いたいって思わせないで。
「いや、今日は随分楽しかったなって」
嗚呼、良くこんな嘘が付けたなぁ、流石僕だ、嘘を吐く事だけは上手なんだから。
「そうか」
「じゃあ、夕飯食べながら沢山聞かせてよ!オサムったらお兄ちゃん達に滅多に話し聞かせてくれないんだから!」
「ふふ、そうですねぇ、もっと話してくれていいのに」
少し取り繕ったら、何時もみたいに嬉しそうに笑ってくれた。
ああ、そうだよ、それで良いんだ、君達は何も知らなくて良い。
僕らはそのまま食卓についた、いくら美味しいと言っても、味なんて分からなかった。
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