ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。あれから更に一ヶ月。まさに夏真っ盛りとなりました。そして、遂に事態は動いたのです。
その日、私はセレスティンを連れて『蒼き怪鳥』と五度目の商談を行っていました。
「では、本日もありがとうございました。今後ともよしなに、ボルガ代表」
今回はエレノアさん達が強奪した貴金属を売りましたが、相変わらず二束三文で買い叩いてきます。まあ別に良いのですが。
退室しようとすると、ボルガ代表が声をかけてきました。
「お待ちください、シャーリィお嬢様」
「なにか?」
「失礼ながら、お嬢様は些か資金にお困りの様子。私共としては、ご贔屓にさせていただいているお嬢様に少しでもご恩返しをしたいと思っております」
来たっ!
「お恥ずかしい限りです。恩になど思わなくても良いのですよ?」
「いやいや、引いてはアーキハクト伯爵家との商談にも繋がりますので商人らしい企みでございます」
「それならば安心ですね。それで、お話とは?」
「はい、お嬢様に耳よりのお話をと思いまして。今夜、郊外において特別な取り引きが行われるのですが…私はどうしても参加できないのです。お嬢様を信頼をして、伏してお願い申し上げます。どうか、代わりに参加して下さいませんか?ただ品物を渡すのみ。お礼として金貨二十枚をご用意させていただきます」
どう聞いても怪しい話ですねぇ。でも今の私は無知なご令嬢。ならば。
「本当ですか!?分かりました、必ず届けてみせます!」
「おおっ!有り難い!流石はシャーリィお嬢様だ!しかし、これはなにぶん秘密の取り引き。公にはしたくないのです。どうか、ご内密に」
「はいっ、誰にも言わずに一人で参ります!」
「素晴らしいご英断です!では品物と場所を記した羊皮紙を馬車へ運ばせておきます。どうか、よろしくお願いします」
私はすぐにその場を辞し馬車に戻りました。
「お嬢様」
「セレスティン、エサに食いつきましたよ」
「その様ですな。して、指定された場所はどちらに?」
「郊外の…森の中ですね。直接乗り込みましょう」
「まさか、お嬢様自ら…?危険は承知の上ですかな?」
「もちろん、丸腰でいくつもりもありません。止めないんですか?セレスティン」
「奥様に良く似ていらっしゃる。私が止めたら聞き入れて下さいますかな?」
「無視します」
「であるならば、お諌めするよりもより完璧に遂行するのが執事の嗜みでございます」
「ありがとうございます、セレスティン」
さて、彼方から動きを見せたのです。今夜は楽しくなりそうですね。
夕方、教会に戻った私達は準備を始めます。まあ、準備と言っても簡単なものですが。
「間違いなく危険な状況になります。推測ですが、私は犯されますね。で、それを悪用されるでしょう。黙って欲しければって奴です」
「だろうな、貴族のご令嬢を良いなりにするなら常套手段だ。お嬢もその毒牙にかかろうとしてる」
貴族社会には処女信仰が根強いので、傷物にされたなんて知られたら社会的に終わります。
「はい。私としては犯されてみても良いのですが」
「馬鹿野郎!そんなの俺が絶対に許さねぇからな!」
ビックリしたぁ!ルイが居る!?いつの間に!?
「まっ、当たり前だな。初めては大切な時のまで取っとけよ、お嬢」
「それだと臨場感がありませんよ?」
「適当に服を乱しておけばそれっぽく見えます。シャーリィの初めてをそこらのゴロツキにくれてやる道理もない」
シスター、目が怖い。
「では、最終確認を。約束の場所にお嬢様が侵入。然る後、お嬢様に狼藉を働こうとする不届き者を我々で一網打尽とする」
「ただし、下手人達は殺さず痛め付ける程度に留めます。少なくとも今は」
大事なことを伝えます。
「シャーリィに乱暴したと偽の報告を出させ、『蒼き怪鳥』を油断させます。そして、より強気に出た所を一気に叩き潰す」
「なんだ、殺らねぇのかよ!」
ルイが不満そうです。怒ってくれるのは、何だか嬉しいですね。
「我慢しろって、ルイ。お前からすれば頭に来るだろうが、一段落するまで殺しは無しだ。今回はクリーンにいくからな」
「ベルさんがそう言うなら……じゃあさ、一段落したらどうすんだ?シャーリィ」
「ルイはどうしたいんですか?」
「そりゃもちろんぶっ殺してやりてぇよ。シャーリィ、お前はなにもしなくて良いのか?」
「私は別に良いですよ?事が終わった後はどうなろうと私は関知しません」
「なら一緒にやろうぜ」
「一緒に?」
「ああ、シャーリィだって実際に触られたりしたら頭に来るだろうからな」
「そんなものでしょうか?」
シスターに聞いてみます。
「そんなものです。好きでもない男性に、策のためとは言え触られるんですよ。敢えて言います。ルイスに触られるのとは訳が違うのです」
「むっ…それは嫌ですね。分かりました。その時は一緒に殺りましょう、ルイ」
「おう、任せろ。抜け駆けすんなよ?」
「ルイが余りにも遅いなら抜け駆けするかもしれません」
「出掛けるようなノリで殺るのを決めやがったよ」
「お若いのです、優しく見守るのが年長者の役目」
「旦那は良いのかよ?」
「旦那様や奥様も身分にこだわりはございませんでした。お嬢様のご意志を優先するのみです。しかしながら…」
「ん?」
「ベルモンド殿、カテリナ殿。この後少しだけお時間をいただきたい」
何だかベルとセレスティンが大人な話をしてますが、聞かないことにします。
今回は私、シスター、ベル、セレスティン、そしてルイの合同作戦。あくまでも合法的に桟橋を手に入れるため、その第一歩を踏み出すため私達は準備を進めるのでした。
こんにちは、カテリナです。じゃれ合いを始めたシャーリィとルイスを退室させて、大人三人が残りました。
「何だよ、旦那。何か厄介事か?」
「左様、お嬢様とルイス少年を見れば良い仲に成るのは時間の問題。それそのものは、私としても歓迎すべき事です」
「何か問題が?」
「はい、実はお嬢様には婚約者がいらっしゃいます。年下ではありますが、その婚約はまだ破棄されていない筈」
「婚約者、貴族様らしいな。だがお嬢は公には死んだことになってるんだろ?自然消滅だろ」
「普通ならば、です。お相手は、おそらくその普通に該当しない」
「あれですか、典型的な権力に酔ったお坊ちゃんですか?」
「それならば対処は容易いのですが……お相手は当時七歳。しかし七歳ながら聡明で、貴族らしい傲慢などとは無縁でした。何よりも、父君に冷遇されていた婚約者様はシャーリィお嬢様との触れ合いで救われたのです」
「おい、まさか」
「もし大きな変化がないのならば…婚約者様は…ユーシス=アルダイン様はおそらくお嬢様の生存を信じて今も探し続けているかと」
「おいおい、アルダインって…アルダイン公爵家かよ!?帝国最大の大貴族様じゃねぇか!」
「なるほど、確かに厄介ですね。何がシャーリィの幸せに通じるのか…」
「『暁』の名が上がれば自然とお嬢様の名も広まります。黒幕を誘き寄せる策ではありますが、ユーシス様も呼び寄せる結果になるでしょう。その時はどうか、御加勢を。お嬢様の望みを叶えて差し上げたいのです」
「ああ、分かった。話し合いで済めば良いがな」
「全く、あの娘は…」
無自覚の怖いこと。二人の男を手玉に取っているとは…全く。あの娘は面倒事に事欠きませんね。
シスターカテリナは近い将来に起きる面倒事を思い溜め息するのだった。
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