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「じゃあ行ってくる、必ず病院に行ってくるんだよ」
「うん。わかった」
パタンと扉が閉まる。
決戦は金曜日っていう曲があったっけ。
あの歌は、恋人になるためによしやるぞ!的な感じだけど
私は、自分が新しい一歩を踏み出すための決戦だ。
お昼の時間に賢也に電話をする。
賢也はワンコールで出た、まるで電話を待っているようだった。
開口一番「病院どうだった?」と勢いよく聞いてきた。
「うん、それでね今日も残業?」
「いいや、残業はないよ。今日もこれからも残業はしないよ」
「そっか、よかった。賢也が帰ってきたら話をするね」
「わかった、ゆっくり休んでいろよ」
とりあえずは、最低人間にまでは落ちていないようだ。
よかった・・・
「請求額は200万づつでよかったのか?どっちかから300万いけたと思うぞ」
「とりあえず、独り立ちするための一時金みたいな物だから200万づつで大丈夫です、おかげさまでお仕事もみつかったし、住むところが見つかるまで実家に帰ってもいいかなって思ってるし」
「来月からは正社員という形にするから、部屋を借りるときの保証会社の審査も通るとおもうよ、俺の部屋に来てもいいけど」
「松崎さんの部屋ですか、離婚が成立したらいろいろなことを教えてくれるって約束しているからそれでもいいかも」
そう言って笑うと、松崎さんもニッコリと笑って「本気で考えておいて」と言いながら私の頬を軽くなでた。
撫でられたところが熱くなった。
こんなことをさらっとしちゃんだから・・・気をつけよう。
「何かあったらすぐに連絡して、助けにいくから」
「うん、そうする。松崎さんのおかげで気持ちが少し楽になりました」
「俺は有佳ちゃんの味方だし、必ず助けるから。頑張れよ」
「はい」
松崎さんがついていてくれると思ったら気を強く持てた。
ダイニングテーブルに報告書の入った封筒と椅子の上には朱肉と印鑑の入った箱。そして自分のところはすべて記入済みの離婚届。二つの音声データの入ったノートパソコンを置いた。
ピンポン
呼び鈴が一回だけ鳴って解錠する音がする。
帰宅の時の合図だ。
玄関に向うと優しい笑顔の賢也が靴を脱いでいた。
鞄を受け取りリビングに戻る。
「金曜日にこの時間に帰ってくるのって久しぶりだね」
「あ・・うん、そうだね。今までごめんね」
「そのごめんねは何に対して?」
「え?」
「ダイニングテーブルの方に座ってくれる?今、お茶をいれるね」
「いや、オレが淹れるよ。有佳は座っていて」
「ありがとう」と言って微笑んでみたが、本当に笑みになっているだろうか。
緊張して座っていると、賢也がマグカップにお茶を入れてもってきた。
「それで、どうだった?妊娠してた?」
今までに見たことの無いほどの明るい笑顔だった。
賢也は子供がすきだったんだろうか?
それなら大森恵美と作ればいい。
「妊娠なんてしてないわ、もう一ヶ月以上も賢也は私とはしてないでしょ。それに、賢也が大森恵美さんとセックスしている間にわたしには生理が来てるから」
賢也の顔から笑みが消えていき、マグカップを持つ手が震えていく。
「有佳が・・・か・・・会社に来たっていう話を・・き・・・いたんだけど・・そ・・・」
しどろもどろで舌が上手く動いていないようだ。
「大森恵美さんに話を聞きに行きました」
「彼女が何を言ったかは知らないけど、オレは」
自ら作った報告書を賢也の前に置き、写真を並べていく。
「賢也が毎週金曜日、残業の日はシャツにいつも同じ香りがする事に気がついたの。不安で仕方が無くて勇気を出して賢也を誘っても抱いてくれなかった。香水の人と何かあるから私とはしたくないんだと思った」
「ちが・・」
「だから、たまたま見つけた探偵事務所に調査をお願いしたの。もちろん、それは私が結婚前にためていた預金からだしてます。賢也が知らない女性とホテルに入って行ったと言う報告をうけても、どこかにまだ賢也が私を愛してくれていると思っていた。だから、もう一度誘ったのに断られて、完全に私への思いは無いんだと悟りました」
「違うんだ、聞いてくれ」
「う・・・浮気は・・・して・・た・・でも、有佳を愛してるんだ。だから、大森さんとシタあとに有佳を抱けなかった。有佳に誘われて嬉しかった、初めてのことだったから、でも浮気をしてきて有佳を抱くのは有佳を穢してしまうんじゃ無いかと思ってできなかった。何度も、やめようと思ったんだ。本当だ」
「でもやめなかった」
「それは・・・本当にごめん、謝っても許してもらえないと思うけど、愛してるんだ。大切なのは有佳なんだ。傷つけておいて何を言ってるんだと言われても、オレが愛してるのは有佳なんだ」
ピンポーン
来客を告げるチャイムがなる
「賢也、悪いけど出てくれる」
足を椅子に引っかけながらかろうじて立ち上がると賢也は玄関に向った。
茶封筒を手にリビングに戻って来た賢也の顔は蒼白だった。
力なく椅子に座る賢也に鋏を渡す
「開けて中を確認して」
何も言わず、開封すると書類を取り出し「示談書・・・」と一言呟くと内容を黙読し始める。
示談書を持つ手が震えカサカサと音がなっている。
第一条 乙及び丙は甲に対して、乙と丙が不貞行為を行った事について真摯に謝罪し、甲の離婚の申請に対して無条件で承諾すること。
第二条 乙は甲に対して金弐百萬圓の支払いをするものとする、ただし一括のみとする。
第三条 ・・・・・・・・
私は条文を読み上げていった。
「別れたくないんだ、お願いだ」
「どうして?私と別れて大森恵美と結婚する約束までしているでしょ?」
「そ・・そんなことはしていない」
私は黙ってパソコンを操作すると一つの音声ファイルを再生する。
「ねぇ、離婚はいつ成立するの?」
「あぁ妻がなかなか承諾してくれなくて」
「お前みたいなつまらない女はいらないって言ってさっさと判子を押してもらったら、性の不一致って言って」
「それだけじゃ離婚の理由にならないだろ」
「これは・・・」
「ごめんなさい、あなたが彼女の部屋に行った日にベルトの裏に盗聴器を付けさせてもらったの。離婚が待ち遠しかったんでしょ?」
「違うんだ・・・」
「離婚を承諾してもらえない場合は訴訟をおこないます。その時はこのデータは提出できないのでもう一つ用意してます」
もう一つの音声ファイルを再生した
「なら、わたしもいいますけど、いったいいつになったら離婚するんですか?賢也くんがかわいそう」
「賢也がかわいそうとは?」
「性の不一致も十分な離婚の原因になるとおもいません?マグロ女じゃ賢也くんがつまらないって、だからわたしが慰めてあげてるの。それに、賢也くんもわたしと一緒にいたいのにマグロ女が離婚に応じてくれないって嘆いているのよ。かわいそうでしょ」
「マグロ女ってだれか分ってるわよね?お・く・さ・ま」
「だから、さっさと別れなさいよ」
「慰めるとはどういうこと?相談にのっていただいているということですか?」
「そんなだから、つまらないって言われるのよ。あなたとのセックスがつまらないからわたしとセックスしてるの。すごく気持ちいいって。妻とは味わえないって、わたしの身体がたまらないって、分った?」
「それは、賢也と身体の関係があり不倫をしているということを認めるんですね?」
「不倫なんて変な言いがかりを付けないで、わたしと賢也くんは愛し合ってるの。恋人同士だけど、たまたま賢也くんが結婚していただけのこと。だから、さっさと賢也くんを自由にしてあげて」
「違う,違うんだ・・・ちが・・」
「私はマグロ女ってヤツなんですね、でも私は賢也が初めての人だった。それは賢也も知っているはず、私はどうすればよかった?」
賢也はただただ俯いて頷いていた。
「そんなに、大森恵美とのセックスは気持ちが良かった?それなら私に遠慮することはないです。子供だって大森恵美とつくればいい」
「好奇心だったんだ、大森さんに誘われて酒の勢いも手伝って、勢いでホテルに行ってしまった。そのあとは、断っても奥さんにバラすと言われてそれが怖くてズルズルと続けてしまったんだ。大森さんに好意はもっていないんだ」
「最低」
私のつぶやきにさらに頭が下がっていく
そこに賢也のスマホが着信を知らせる。
賢也は一瞬画面を見ると画面から目をそらし、無視をしている。
「大森恵美さんからでしょ?」
小さく頷く姿を見ながらどんどん冷めていく私がいた。
幽体離脱のように俯瞰で自分をみつめているような感じだ。
「スピーカーにして電話に出て」
賢也の顔から汗が流れる。
そんなに暑くないのに・・・人って焦ると本当に汗がでてくるんだ
「でも・・」
「出て」
強い口調で言うと、諦めたようにテーブルにスマホを置くと通話ボタンをタップしスピーカーに切り替えた
『賢也くん、もうっ!どうしてLINEも電話も返事がないの』
「連絡はしないでくれって言ったよね」
『奥さんが怖くなったの?でももうバレてるわよ』
「ああ、知ってる」
『それでね、示談書が届いたんだけど』
賢也は驚いた表情で私を見る。
『200万を払えって書いてあるんだけど、こんなに払えない。どうしよう賢也くん助けて』
私は賢也に“あなたが払ってあげれば?”とメモ書きして見せると、メモを握り締めて
「いくらまでなら払えるの」
『う~ん100万ならなんとかできると思う』
「それならのこりの100万はオレが出すよ」
『本当!良かった、これでまた会えるわよ』
「どういうこと?」
『条文に、慰謝料を支払ったら支払日以降の交際については自由とするって書いてあるの。それって、お金さえ払えば奥様公認の恋人になれるってことよね』
「お金についてはまたあとで電話する」
賢也は通話解除ボタンをタップした。
「どういうこと?」
「不倫は二人で行った事です。お互い思い合って恋人気取りでいても、あなたは既婚者なんです。私は不貞者二人から慰謝料を支払っていただく権利があります」
「うん・・・それは、分ってる。本当にごめん、そこじゃなくて条文がオレのとは違うんだ」
「ええ、慰謝料を支払ってもらえれば好きにしていいし、賢也は今ここで離婚届にサインしてもらおうと思っているからその文章は入っていないわ」
用意していた離婚届と印鑑を目の前にだす。
「有佳、お願いだ。考え直して欲しい、もちろんオレはもう二度と有佳を裏切るようなことはしない。別れたくないんだ。愛してるんだ。どうか」
「私は、賢也に愛情を感じなくなってしまった。賢也に拒絶された夜、哀しくて悔しかった。もう決めたの」
「離婚を思いとどまってくれたら、オレは何でも言うことを聞くから。何でもする。チャンスが欲しい」
そう言うと私の前に来て土下座を始めた。
「お願いだ、やり直してほしい」
「あんなに大森恵美と結婚したがっていたのに」
「オレは有佳と別れて大森さんと結婚するなんて思っていないし、大森さんにも本命の恋人がいるんだ。お互い遊びのはずだったのに、どうして急にオレに執着するのかわからないんだ」
「お願いだ」
これ以上話をしても時間の無駄になりそうだったから、賢也あての書類以外はパソコンや書類を一旦片付けた。
「月曜日の3時までに大森恵美の200万円を指定口座にいれてくれる?月曜日に入金確認ができればもう一度話し合いましょう。もし、入金確認ができなければ離婚訴訟をおこします」
「ありがとう」と土下座したまま話す賢也の横を通って自分の部屋に戻り鍵を掛けた。
いくらなんでも土日を挟んだ月曜日に200万円を振り込みできるとは思えない。
私は賢也に猶予を与えるつもりは無い。
もっとすんなり、離婚できると思っていた。
離婚が確定したわけではないので、主婦としての役割はきちんと果たそうと思い、シーザーサラダにオムレツとベーコンをワンプレートに盛り付けていると賢也が起きてきた。
「おはよう」と声を掛けると気まずそうに「おはよう」と返ってきた。
「食パンは何枚?」
「1枚」
「早く顔を洗ってきて」
「うん」
コンソメスープをカップに注ぎ、焼き上がったトーストを皿にのせたところで賢也がテーブルについた。
「朝食ありがとう、もう食べられないと思っていた」
「離婚が成立するまでは賢也の妻にはかわらないので主婦の仕事はちゃんとします」
「うん」
「それから、私ね仕事をはじめているの。今は使用期間でパート扱いだけど、来月から正社員になるから帰りはおそくなるかも」
スープを飲を飲んでいた賢也が硬直した。
「離婚しても自立できるように事務の仕事を始めたの。結婚する前は事務と経理をしていたから、それが役立ってる。ただ、土日がないから今日も明日も仕事に行くわね」
「ここのところ土日に出かけていたのは、仕事だったの?」
「そう、あなたにも秘密があるように、私にも秘密はあるの。でも、あなたと違い不適切な秘密じゃないけど。あと、気付いてるかも知れないけど書斎に鍵をつけたから、書斎にあった賢也のものは寝室のクローゼットにいれてある」
「わかったよ」と答えた賢也の顔に表情は無かった。