テラーノベル
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ダーリン
しろニキ
社会人設定
ニキ視点
「うわ、ほんまに遅刻する…」
「がんばれぇ、ボビー」
朝からバタバタと身支度をしているのは俺の恋人。俺は有給をとっていたけれど彼は取っていなかったらしい。可哀想な人…と哀れみの目を向けながら俺はリビングのソファで寛いでいた。
スマホを弄りながら鼻唄を奏でていれば、次第にドタバタと騒がしい音は静まってきて、支度がほとんど済んだのだろう。
「これ、今日食べて…」
そう言って渡したのは、俺が珍しく早起きしたのでどうせならと作ったお弁当。同僚から指摘されたとしても愛妻弁当ということでどうにでもなりそうだと気づいて、やはり僕は頭が良いなあとポジティブ変換をした。
「お前、料理できたんや…」
「もうちょっと喜べよ」
彼はというと俺が弁当を作ったことよりも、俺が料理をしたという事実に驚きが隠せていなかった。本当は喜んで欲しかったけれど、子の成長を見守る親のように感極まっている。なんだか複雑な気持ち。
「っと、もう行かな」
本格的にタイムリミットが迫ってきているのか、そう言いながら彼は革靴を履く。
「弁当ありがとうな。行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。ダーリン♡」
揶揄うようにダーリンと言ってみれば、瞬きする間に唇を奪われた。がめついキスのあとに彼は舌打ちをして、欲情を孕んだ瞳で見つめられる。
「てめえ、今日覚えとれよ」
ああ、やり過ぎた。だってここまで効果覿面とは思わなかったんだもん。
少し火照った体を冷ましながら、今晩起こり得るであろう出来事に胸を踊らせて彼の帰りを気長に待つとしよう。
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木漏れ日
しろニキ
学パロ
しろせんせー視点
春も過ぎ去りしこの季節。我が校の樹木の下でお昼ご飯を食べようと約束をしているのはなんとも馬鹿らしいものか。
「ボビー!」
そう俺の名前を呼ぶのは、同級生の間でもその端整な顔立ちと人懐っこい性格、運動神経抜群さ共にネタのセンスも好評なニキ。俺が女だったら多少なりとも噂になっていたのだろう。
✺
予鈴が鳴るおよそ五分前。そろそろ教室に戻ろうかと隣に座る彼を促した。
「…まって」
不意にくん、と裾を引かれた。行かないで、と言われなくても分かりやすいその行動に、口角が上がっていくのがわかる。ここが学校でなければ、今すぐにでも抱きしめれたのに。
「閣下寂しいんですか、笑」
「だって、2日も会えないんだよ…?」
今日は金曜日かと言われて気がついた。
たった2日、されど2日
俺にとってはそんな認識だったが、彼は違うらしい。あまりに男らしからぬ彼の言動に胸を撃ち抜かれて、悶える。俺が悶えている間にも時間は経過し、樹木の葉は微風に揺らされる。木漏れ日に照らされて、目の前の消炭色の瞳が煌めいた。
「ボビー」
名前を呼ばれただけなのに彼の溢れる感情が読み取れてしまって、そのあまりの愛しさにどうにかなってしまいそうだ。寂しい、と直接言われた訳ではないが、溢れ出る感情が抑えれない彼に俺の幸せホルモンが分泌される。次に彼が発する言葉は明白で、それと同時にこの愛しさをまだ感じていられる悦びが俺を浸らせた。
「授業サボろうよ」
「仰せのままに」
彼の大変可愛らしいお願いに何度胸を撃ち抜かれることやら。
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愛を語らふ
まちニキ
まちこりーた視点
「まちこぉ…」
潮らしげに私の名前を呼ぶ彼はかまってちゃんモードに突入していて、人懐っこい犬のようだ。どうしたの、と問うてみれば、その言葉を待ってました!と言わんばかりにぱああっと顔を明るくした。
「まちこと話したい、なぁ…って…」
恥ずかしいのかさっきとは打って変わって、伏し目で少し吃りながらも伝えてくれた。
「まち、こ、は、鼻血…」
「へ…」
彼に指摘されて反射的に鼻を覆った。まじまじと見なくてもわかるほどに手のひらを真っ赤に染め上げている。
「大丈夫?」
心配げに何枚もティッシュを差し出してくれる。焦りながらも物事を冷静に捉えられる賢い人。そんな貴方は私をまた沼に引きずり込む。
そこも魅力的で可愛らしい御人。
「ごめんねぇ?あまりにもニキニキが可愛くって…」
「かわっ…」
私の言葉に顔も、耳も、首も真っ赤に染め上げる彼が可愛らしくて、堪らなくて、この鼻から垂れる鮮血が治まったとき彼はどうなってしまうのかという好奇心から私は饒舌に彼を口説く。そんな一夜の噺。
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寵愛
しろニキ
「隠し事」世界線
珍しい夜のお誘い
しろせんせー視点
それらしいムードになってきて早々に悪巧みをする餓鬼のような笑みを浮かべている彼を見て、一体何が起こるんだと不安を感じていた。
「な、…ぇ…は?」
けれどそれは不要な心配だったようで、彼の行動は予想の範疇を超えてきた。
「ほら、責任…取ってくれるんでしょ?」
ぷくり、と腫らしたピンク色のそれを見せびらかすように服を捲し上げている。彼が誘い込んできたという事実があまりに衝撃的で、性的興奮を抱くよりも先に嬉しさがやってきた。
「何処でそんな誘い文句覚えてきたんよ…」
「俺を躾けたのはボビーだけだよ」
躾、その言葉はあまりに甘美な響きで、その気にさせられるには充分だった。
「どうなっても知らんよ」
「今日は俺が誘ってんの」
ああ、こいつは本当に俺をその気にさせるのが上手い。
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いっぱい食べる君が好き
キャメニキ
キャメロン視点
実写撮影が終わり、車を飛ばしてきた俺は各々を家まで送る羽目になってしまい、最後のひとりのニキくんと話していた時のことだった。
「あそこ行こ、笑」
今から悪いことをしますというような餓鬼臭い笑みを浮かべながら、某ファストフード店を指さしていた。
「何食べんの?」
ドライブスルーの方へと車を向けて居ると彼は何を食べるのかと聞いてくる。正直なところ、食事制限したいんだよなあ、というのが本音。けれど俺だってそこまでノンデリではないので、ぐっとその言葉を飲み込んで注文をした。
「キャメ、今日はチートデーね…いい?」
「ニキくんは優しいなあ、笑」
「まあ、俺が連れ回してんだし…」
先程から日頃のご褒美だよと囁く天使と、振り出しに戻るぞと戒めの悪魔が囁いてきておりその葛藤を彼には見抜かれてしまったようで、チートデーだからと彼は手を差し伸べてくれた。やはり彼は底無しの善良人だ。だからこそ、本気で嫌だと思ったとき以外は彼のノリを拒絶したくない。
そんなことを思いながら彼と駄べっていれば、いい感じに時間が経過したようで注文した品が渡された。近くのパーキングか何処かに車を停めたいから持っててくれる?と助手席に座っている彼に頼んだところ、任せなという顔をしていた。頼もしいね、なんて茶化したりして車を走らせ続けた。公園で食べるのも有りとは話していたけれど、夜でも充分なほどに暑いこの夏という季節で、蚊に刺される可能性も考慮して車の中で食べることになった。
「さ、食べようか」
暫くして良い感じな場所に駐車して、小腹が空いていた俺は彼を急かした。
「ぅんまあ…!!」
目をキラキラと輝かせて、大きくひと口頬張る姿はあまりに無邪気で俺もまた笑みが毀れた。そして、彼は食事を頬に詰め込む。まるで盗み食いをしているハムスターのような素振りに、食事は逃げないぞと思いながら幸せオーラ全開な彼を見て、そんなにも美味しいのかと気になってしまう。
「ひゃめもたべる?」
「ちゃんと飲み込んでから話しなよ、笑」
俺の目線を勘違いした彼は食べる?とハンバーガーを差し出してきた。じゃあ有難く…と彼の腕を掴みながら彼の手にあるハンバーガーをひとかじりした。
「あ”ー!!キャメひと口でかいって…」
「きみが良いって言ったんだよ」
「う”、そう、…だけど…」
俺に言いくるめられて彼は悄げている。悄げた彼を見るのも良いが、何より美味しそうに食べる君が俺は好きだから。その条件を満たし、かつ彼の機嫌を取り戻せる方法はただひとつ。
「はいはい、これあげるから」
____え、いいの?ほんとに?
と顔に貼り付ける彼が面白くて笑ってしまった。そんな君のためだよ、と念を込めてどうぞ食べてくださいと伝えれば、よそよそしくだがポテトを一本摘んで、口に運ぶ。そのまま咀嚼して、頬を綻ばせる。
かわいいなあ、なんて思っていれば彼に名前を呼ばれて、何?と聞いてみた。
「あ、りがと…」
前言撤回。照れる彼も悪くない。
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才あるものが故
しろニキ
学パロ
しろせんせー視点
「ここは?」
「ここはな……」
俺は今、クラスのお調子者に勉強を教えている。
❖
少し遡って数時間前。
「白井って今日の放課後空いてる?」
帰りのHRも終わり、支度をしていたところで隣の席のニキに話しかけられた。これといった関わりこそ無かったものの、彼の返事に返さないという理由もないので答えた。
「あ、空いとるけど」
「ほんと?英語教えて!!」
両手を合わせて必死に頼み込む姿にどうも断る気力は湧かなかった。
それから付きっきりで勉強を教え初めて二時間前後くらいだろうか。
「うー、ん?…こう、いや…?…これが、こう…」
小声で違う?こうか?と悶々と問題を解く姿は元気溌剌な彼にしては”静”という空気感に唖然とした。隣席だったとはいえ、周囲の友人と授業中も先生にバレない範疇で悪ふざけしている彼が何かに真剣に向き合っているという場面を初めて目にしたからだ。
「どう…?」
解き終えたのかおずおずとノートをこちらに差し出してくる。お世辞にも完全読解ができるような字ではなく、スペルミスに関してはノーコメントだが、文法的用法、熟語の使い方と共に流れら掴んでいる。おそらくだがこの解答は間違っていない。
「……合っとるよ」
「っしゃ!!」
俺の言葉にぱあっと気分が上昇した彼はガッツポーズをして、体全体で喜びを体現している。その自分だけでなく、周りまで笑顔なるような底抜けの明るさは彼がモテる要因なのだろう。ぼんやりと彼を見つめていれば、俺って英語解けたんだと驚きながらも理解が出来たという事実が余程嬉しいようだ。
「やっぱ白井凄いなあ、羨ましい」
____俺はお前が羨ましいと思うけどな
そう言いそうになって踏みとどまった。屁泥のような醜い感情が胸に燻ったまま、巧言令色に彼の次の言葉を待った。凄い、羨ましいと言ってきたやつらが次に言う言葉は決まっている。
____やっぱりお前は”天才”だなあ
俺の努力も知らないで、天才とひと言で片付けられる虚しさは俺を酷く傷つける。どうせお前もそうなんだろ、と期待をせずに目の前の彼を見る。
「あれ、なんて言おうとしたんだっけ…」
天才、と持て囃されなかったものの、なんと目の前の彼は話したい言葉を忘れたようで安心したのもつかの間、うーんうーんと先程忘れた言葉を探している。正直俺はまだこの話を広げるのか、とうんざりしていた。
「あ、!」
ピコーンと音がなりそうなほど大袈裟なリアクションをする彼を見て、あざといとはこの事かと思った。
「” 秀才 “!」
「は?」
「だっていつも遅くまで残って勉強してんじゃん。だから成績とか良いのかなーって思ってたんだけど、違った?」
ニカッと笑ってこちらに正々堂々、正面から伝えられた言葉に面を食らった。一瞬でも卑しい思考をしてしまったことをどう償えば良いのかと、必死に頭を回したが、結論は出なかった。
「ニキ」
ぐーっと背筋を伸ばして、息をついていた彼の名前を呼んだ。あの瞬間、嬉しいよりも真っ先にやってきた感情は、きっとこれから付き纏い始める。
「一緒に帰らんか?」
____俺を真正面から受け取ってくれるこいつを離してはいけない
その使命感に似た俺の欲はまだ赤子。だが、今日の彼の発言から大きく芽吹いたこの感情は益々膨張していくのだろう。
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感慨
しろニキ←りちょ
りぃちょ視点
縁も酣闌。いつメンで飲み、解散の雰囲気を漂わせた空間で隣に座るせんせーをじいっと見つめるニキニキが居た。
____ニキニキはせんせーのこと大好きだもんね
そう思いつつ、今は俺と話しているのだから目移りしないでほしいなんて思ったり。
「ニキニキ」
ニキニキが隣のせんせーを見つめるのは、恋人なのに全く構ってくれないから。流石に構って無さすぎだと俺も思うくらい。けれどそのおかげで俺は想い人と思う存分話せたと思うと、驕り昂るようにせんせーを見るのは辞められなかった。
「www」
せんせーはいつメンと馬鹿笑いをしたままで、ニキニキの視線には気づく様子はない。酒が入れば正常な判断が下せなくなることくらい分かるけれど、恋人そっちのけで居るのは宜しくないと俺は思う。恋人がその場に居ないならまだしも、隣に居るのだから尚更。それはニキニキだから許されているだけであって、面倒くさい女だったらどうするんだろう、なんて思った。徐々に脱線していくそんな考えを一度遮断してみれば、行き着く先はせんせーへの羨望だった。やっぱり片想いよりも両想いの方が幸せじゃんね。
そう思いながらニキニキの方に視線を戻した。
「あ、…」
バチと目が逢った。
「ぼびーはおれのだから、だめだよ」
せんせーの腕に組み付き、頬を紅く染め上げ、舌っ足らずな口調で威張るように俺を見てくる。
それを理解した途端、身を焦がすほどの激情が全身を駆け巡って、呼吸を忘れるほどに見惚れた。
俺はきっと、彼と会う度にこのワンシーンを思い出すだろう。数日、いや数ヶ月は引きずりそうだ。再び彼への恋心を自認させられたワンシーンだったと、彼への想いが離れることは到底無さそうだと改めて思った。
それはそれとして、一部終始を見ていたせんせーはニキニキの酒を取り上げて、ニキニキの届かない所に置く。
「お前、流石に飲みすぎやで」
「ああ〜…おれのさけぇ…」
ハッとして我に返った時には先程のような妖艶な表情ではなく朗らかに笑う彼がそこには居た。
____ボビーは俺のだからだめだよ
脳裏に焼き付いた彼の妖艶な姿と声が再生される。けれどその言葉に心底納得がいかなかった。俺が好きなのはせんせーじゃない、ニキニキだと伝えたくなってしまいそうになる。片想いのまま俺はきっと終わりなのも理解している。何度もせんせーから奪ってやろうと考えたこともあったけれど、彼の幸福を壊してまでして得る幸福はなんだか違う気がした。なんの根拠も論拠もないけれど、その直感が俺を何度も引き止めた。無自覚に酒を呷るほどに一途で、恋する乙女のようにせんせーに夢中。彼からの好意が俺のものではない事実はやはり少しばかり悲しいが、彼が幸せならそれでいいかなと思ってしまう。
「不幸にはならないでよね」
そう零して、グラスに残った甘酒を飲み干した。
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気まぐれ
しろニキ
Dom/Subユニバース
しろせんせー視点
突如[家来て]とメッセージが届き、あの汚い家に行かなければならないのか…と気が滅入っていた。
「失礼しますよ〜…」
どうせ鍵は開いているだろうと思って、彼にはきっと届かない小声で失礼しますと一応礼儀正しくした。いや、小声の時点で礼儀正しくはないか。
「ほんまガバいな……」
ドアノブを捻れば、ガチャと音を鳴らして扉が開いた。まさか本当に開いているとは…と安定の防犯意識の低さに驚きながら、辺りを見渡すと違和感を感じた。
いつも通り汚らし………くない。
これは俺の知るニキの家か?と疑いたくなるほどの光景だった。
「ありり?ボビー来てんじゃーん」
あまりの衝撃に玄関で立ち尽くしているとリビング方面からひょこっとニキが顔を出した。あがって、と言わんばかりの手招きをされて足を運び、辺りを何度見回しても、やはりゴミはひとつも無い。
「これほんまにお前が掃除したん?」
「あったりめぇよ」
ふふんと効果音がつきそうなほど驕り昂る彼は分かりやすいほどに褒めてくれと顔に書いている。そんな彼に俺はこのまま褒めるのを焦らしたらどうなるのだろうという、一歩間違えれば彼がSubdropに陥ってしまう可能性もあるこの行動をしてみたいという好奇心が揺れていた。
そんな俺の好奇心は透け透けだったようで、褒めてこないと理解した彼は普段の強気さを失い、心配げに俺の服を摘んで、こちらを見つめてくる。
「おれ、がんばったよ…」
目許に薄い水の膜を張っている彼を見て、まさか泣くほどとは…という衝撃と泣かせてしまったという罪悪感に襲われた。
「Goodboy《偉い子》ようここまで綺麗にしたなあ」
罪悪感に呑まれつつ、あまりに可愛らしい彼の素振りに褒められずにはいられなくて、Commandを与えた。
「ん、ふふ…」
すると彼は余程嬉しかったのか口を綻ばせて、先程の涙が嘘のように満面の笑みを浮かべた。
「ね、もっと…もっと、ほめて…?」
彼のお強請りは止まらない。けれども、俺はそんな彼にこれ以上ない興奮を抱いていた。自身が毛嫌いしていることを褒められる為だけにする執着。それがSubの欲求を満たすためだということも理解しているが、わざわざ俺を家に招いてまでして欲求を満たそうとする目の前のSubに言い表せない愛しさを抱いた。
もっと、そう強請るこの愛しいSubに一体どれほどの喜びを与えれば良いのやら。
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嫉妬
しろニキ
ニキ視点
____これからトニーって呼ぶわwww
昨今、以前から関わりのあったはとね氏とのコラボ動画が投稿されるようになってきた頃。ボビーがはとね氏をトニーと呼ぶと宣言し始めた。別にそれが嫌な訳じゃなくて、ボビーとはとね氏が仲良くなれるならそれは本望だし…ただ、なんか、ちょっと…もやもやする、っていうか…なんというか……。この感情の正体は二文字で簡潔に表せるほどに理解しているけれど、どうしてもちっぽけなプライドが邪魔をして言葉として発したことはない。そんな感情を消化できないまま、不定期に開催される飲みの場に来ていた。
「トニー全然飲んでへんやんけえ」
俺の相方はというと、近頃の撮影ではとね氏からの好感度の低さを実感したらしく、はとね氏にだる絡みしている。時折、嫌でも聴こえてくる「トニー」というボビーだけのはとね氏の呼び方にどす黒い何かが渦巻く感覚を忘れたくて、ぐびぐびと酒を飲んだ。
✺
「……、…キ、ニキ」
何度も俺の名前を反復されて、うざっだるいなと思いながら、ぱち、と目を開けた時に目の前に広がったのは恋人の姿。少しずつ冴えてきた俺はだんだんと状況を理解し始めてきて、酒場のガヤも周りの人気も感じず、見渡すとここはボビーの部屋だと気づいた。恐らく各々解散した後、ボビーがここまで運んでくれたのだろう。そして、俺は知らぬ間に寝てしまったのだと知る。リアル負んぶに抱っこ状態じゃん、なんて思ったのはそれから数秒後のこと。
「い”……」
「今日はたくさん飲んどったもんな」
そうやって俺を揶揄いながら水の入ったペットボトルを手渡してくれる。ズキズキと痛む頭にそんなに飲んでしまったのか、と思った。
「そっちは何の話しとったん?」
「いじりいじられ論争」
「ふはは、そら酒も飲みたなるな」
声高らかに笑う彼は完全に酒が抜けきった訳ではなさそうで、根掘り葉掘り聞いてくる。この弱酔っ払いめ。
「なんや、今日はやけに冷たいなあ」
口ぶりこそ悄げているものの、話題の一環…いや、俺を弄る手段としての話し方。
「なんかあったん?」
「なんもない」
「なあ、教えてや」
「…なんもない」
「なあ、ニキ」
「なんもないって」
何度も何度も繰り返されるその質問に少し苛立ってきた。少しは自分で考えろよ、と文句を垂れたくなった。
「ニキ」
それでも彼は意地でも口を割らない俺に言わせたいようで、声の質をワントーン下げて名前を呼ぶ。嫌でも体は反応してしまうし、その奥底に呑まれてしまいそうな深淵を覗かせる真紅の瞳と全知全能のような顔ぶりはまるで肩透かしを食らった気分になる。そんな真剣な眼差しは好きじゃない。
「ああ、もう!言えばいいんだろ!!」
ふつふつと湧き上がる怒りに身を任せた。
「ボビーがはとね氏のことトニーって呼ぶのに嫉妬したの!!これで満足か!」
初めて声に出した「嫉妬」の二文字。ちっぽけなプライドで引き止めていたその感情を声に出して、自認させられる。もう俺のプライドはズタボロだし、渦巻く感情の正体を知った今、言ってしまった、恥ずかしいという新たな感情に右往左往されている。
「なんか文句あるなら言えよ…」
「いや、ニキお前めっちゃ俺のこと好きやんって思って」
手で口許を隠す彼の表情は完全には読み取れないが、笑いを含んだその言葉にぶわり、と顔に熱が集まる感覚がした。
「なっ…はあぁっ!?」
ああ、本当に恥ずかしい。酔っているならまだしも、素面なんだから隠しようがない。
「お前可愛ええとこあるんやなあ」
まるで俺が今の今まで可愛くなかったみたいな口ぶりが気に食わなくて
「うるさい」
____妬かせたのはお前だ
と念を込めて、精一杯の誤魔化しをした。
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贅沢
シドニキ
ニキ視点
広島から遥々やってきた同級生ことシードから都会はようわからんから迎えに来い、と言われ、渋々ながらに迎えに行って我が家へ招き入れた。
「お前ん家ゴミしかないやん」
家に踏み入れるなりなんなり早々に悪態をつく彼になんだコイツと思った。
「ニキさんぷっちーん、はい出てけー」
「事実を述べたまでなんじゃけど」
プロデュースする人種間違えたかも、なんて後悔したけれどもう手遅れだった。彼のまるで我が家かのような足取りにドン引きしていた。腹減ったあ、と声に出す彼。彼を迎えに行った際に飯を奢る羽目になる未来が見えたので、強行タクシー連行をした。なので、彼はお腹が空いているのだろう。俺も少し小腹が空いている。とはいえ、勝手に人の家のものを漁るのは宜しくない。
「おお、これええやんか」
そう言ってこちらを見てくる彼はニヤ、と口角を上げてインスタント麺を手に持っている。
「うわぁ、贅沢ぅ」
俺の揶揄いは左耳から入って右耳から抜けて行ったようで、彼は無視してケトルを沸かしていた。あまりにも遠慮が無さすぎるその行動に再びドン引きした。
「割り箸どこ」
「そこ」
「ここか」
「ちがう、お隣」
「こっちか」
「逆」
「もうようわからんけえ、よろしく」
そう言って俺に割り箸を取ってこいという遠回しの言葉を貰った。めんどくせえ、と思いながらも渋々割り箸を取りに行った。
「何、お前二個も食べんの?」
こき使われてうんざりしながらも、割り箸を手に彼の元へ持っていけば、カップ麺がふたつ。それを指摘すれば、勿論お前も食べるよな?と無言の圧を食らった。まじか、という衝撃と小腹が空いていたしちょうど良かったと思う俺がいた。そうとなれば割り箸は一本では足りないことに気づいて、もう一度取りに行った。
割り箸を取って帰ってきた頃にはもう既に彼はインスタント麺に手をつけていて、”遠慮”の二文字が抜け落ちている彼に本日三度目のドン引きをした。
「いただきます」
と声に出しながら、パキと割り箸を割ってから麺を解し、スープと麺を馴染ませるようにかき混ぜる。いい感じに混ざったら下準備は完璧。麺を下からすくい上げて口に運んだ。
「悪かないじゃろ?」
まあ、たまにはこういう贅沢も悪くない。
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呼び名
はとニキ
付き合ってる前提
ニキ視点
「トニー」
飴玉を転がすように何度もその言葉だけを延々と反芻していた。最近俺の相方が手に入れた、ボビーだけのはとね氏の呼び名。正直、面白くはない。
「それ最近のしろせんせーが呼んでくるやつじゃん、どうしたの」
作業をしていた彼は一度画面から目を離して、俺の方を向く。彼のベッドに伏臥していた俺はそのまま話を続けた。
「ボビーだけじゃん、なんか…特別?って感じの呼び方」
俺が喋っている間に、近くまでやってきたらしい彼は邪魔にならない程度に俺の顔らへんのベッド端に座ってくる。
「ニキくんは”はとね氏”じゃ嫌なの?」
童貞のはとね氏には分からないか…と全て理解して欲しいという欲深い思考になったが、伝えない限り現状は変わらないことも理解している俺は素直になろうと口を開いた。
「………ちょっと、いや」
俺のその言葉に目の前の彼は憎たらしいくらいに笑いながら、優しい手つきで俺の髪を梳かしている。
「俺の気持ち分かってくれた?」
彼の言う意味が全く分からなくて、困惑の音を洩らした。
「しろせんせーが俺の事を”トニー”って言ってくるように、ニキくんがしろせんせーを”ボビー”って言うの、正直嫌だよ」
そういうことか、と彼の発言の意図を理解したと同時にこいつオブラートに包まずに話すタイプなんだなあ、なんて新たな恋人の一面に変な喜びを感じていた。
「今回はお互い様?」
本人に自覚がないのはお互いにそうだった訳で、互いに同じ形の嫉妬と呼べるそれを共有したのは初めてで、俺の言葉にそうね、と笑う恋人の” はとね “との距離が少し縮んだ気がした。
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