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1YUKI SAGAMI
こうなってしまったのはいつからだろう。
ぼんやりと記憶を遡ってみる。
きっかけとなった出来事は、小学校中学年の頃。
この頃は男女関係なく遊んでいた。
放課後、いつメンの四人で遊ぶ約束をして、学校の校庭に集まった。
放課後の校庭は殆ど人は居なくて、確か居たのは私達四人と、高学年の男子がちらほら。
私達は隠れ鬼をした。
じゃんけんをして、もう一人の女の子。その子の名前は志那。志那が負けて鬼になった。
「いーち、にー……」
志那は30秒、朝礼台の前で待っていて。私はひとりで逃げた。
うちの学校にある山のような大きな遊具の周りに私達三人は散らばって、私は低木の中に隠れた。
それからだいたい数分、私はそこに隠れていた。
するとガサッ、と低木が揺れた。
「っ!?……」
私は鬼が来たかと思って身構えた。
その相手は鬼じゃなくて、いつメンの一人、名前は相模祐希。
「なんだ…祐希か…逃げて来たの?」
「…おう、」
狭い低木の中。
私達は少し体が触れていた。
私は祐希には特別な気持ちは抱いていなかったから、特になにも思わなかった。
そういえばあの時、祐希は妙に静かだった。
「…な、涼」
「ん?」
「おまえさ、好きなやつとか、いる?」
木漏れ日に照らされる祐希の横顔。
陰に隠れて表情はよく分からなかったけれど。
「えー…?わかんないけど、いない」
「俺、おれのこと、好き?」
「好きって、パパとママみたいに、結婚するとか、そうゆうこと?」
「うん、うん」
「えー、」
『結婚かぁ…なんか、祐希とは想像つかないな…』
「……俺は」
「ん?」
「俺は、すずのこと、好き。大好き」
「え……あ、り、がと」
人生初めての告白。
私はただ混乱していて、そんな曖昧な返事をした。
「俺とケッコン、したくない?」
「……わかんない」
「…したい、俺はしたい。すずらと結婚したい。」
「ごめん、…むり、かも」
「…」
初めてはっきりと拒否すると、祐希はそれから一言も喋らなくなってしまった
「……」
「…」
お互い一言も喋らない、気まづい空気ができてしまった。
「…わたし、帰る」
とにかくこの空間から逃げたくて、咄嗟にそう言った。
何も言わない祐希をよそに、私は低木の中から抜け出そうとした。
「逃げんなよ」
不意に手を引かれた
この状況で手を引くのは、祐希しかいない。
バランスを崩した私は、後ろに倒れた。
背中に感じる体温。
祐希は私を抱きしめた。
「俺だってわかんない。こんな気持ち、今まで感じたことない」
混乱、焦燥感。祐希の声色はそんな感情を含んでいた。
「わかんないけど、俺、すずの事大好きなんだ。すずを見ると、心臓がぎゅーってなって、すずと、結婚したいって思った。」
吐露する様に語る祐希。
私は、混乱が大きすぎて、ただ呆然としていた。
「大好き ”愛してる”」
唯一脳が処理できた言動。
「っ!!!」
我に返った私は、思わず祐希の顔を引っ掻いた。
「いっ、…」
「ぁ、」
血が滲む祐希の頬を見て、一瞬だけ罪悪感がよぎったけど、今はそんな場合じゃない。
私は緩んだ腕の中から逃げた。
ただ他の人に助けを求めたくて、本来なら職員室に行くべきだったんだけど、混乱していた私はシナに助けを求めた。
「し、シナ!」
「え?どうしたの?」
「あッ、あの、ゆき、が…!」
震える唇。ガチガチと音を立てる歯。
きっとあの時の私は顔面蒼白だっただろう。
そんな見るからに異常事態の私を見たシナは
「と、とにかく先生呼びに行こ!」
と、私の手を引っ張って職員室に走った。
*
それから、職員室についた私達は、一番近くに座っていた学年主任の先生に、矢継ぎ早に事を説明した。
私の焦りように、嘘ではないと判断した先生は、「あとは先生たちがやるから」と、私たちに帰るように促した。
家に着くと、既に電話で伝えられていたのであろう、私の両親が玄関まで走ってきた。
「大丈夫!?怪我とかしてない?」
「うん…だいじょうぶ」
そんな言葉とは裏腹に、私は祐希の気持ちに返事が出来なかった罪悪感とまだ状況が完全に呑み込めていない混乱に苛まれていた。
*
その後、私は少しの間学校を休んだ。
まだ幼い私に、あの出来事はショックが大き過ぎると考えたんだろう、担任の先生も両親も気をつかってくれた。
学校を休んでいたある日。母が唐突にこんな事を私に告げた。
「祐希くんのお家から電話があったんだけど、祐希くん、涼ちゃんに直接会って話したいんだって。どうする?会いたくないならそうお返事するけど…」
突然の面談希望。
まだ気まづさがあった私は、少しの罪悪感と共に断りの連絡を入れるよう母に頼んだ。
*
それから数日が過ぎた。学校を休んでいる間、私は自分の部屋にこもることが多くなっていた。窓の外を見ても、心が落ち着くことはなく、頭の中ではあの日の祐希の言葉や表情が何度も繰り返し浮かんでいた。「大好き」「愛してる」——そんな言葉が、こんなにも重く、こんなにも混乱を招くなんて、想像もしていなかった。
母は私をそっとしておいてくれたけど、時折、心配そうな目で私を見つめているのが分かった。父も普段は無口なのに、「何かあったらすぐ言えよ」と珍しく優しい声をかけてくれた。私はただ頷くだけで、それ以上何も話せなかった。
ある朝、母がまた私の部屋にやってきた。手に持っていたのは家の電話の子機だった。
「涼、志那ちゃんから電話だよ。出てみる?」
「志那…?」
少し驚いたけど、志那なら安心できる気がした。私はベッドから起き上がり、子機を受け取った。
「もしもし…?」
「涼!やっと声聞けた!大丈夫?ずっと心配してたんだから!」
電話の向こうから、志那の明るい声が弾けるように響いてきた。その声に、少しだけ胸が軽くなった。
「うん…ごめん、心配かけて。ちょっと休んでただけだから…」
「そっか。でもさ、学校、なんか変な感じになってるよ。祐希くん、その後ずっと学校来てないみたいだし…」
「え…?」
その言葉に、私は一瞬息を止めた。祐希が学校に来ていない?あの日のことが原因なのか、それとも別の理由があるのか、分からないまま不安が膨らんだ。
「先生たちも何か隠してるっぽくてさ。涼のこと聞いても、『もう大丈夫だから心配しないで』って言うだけで、詳しく教えてくれないの。私、なんか気持ち悪いなって思ってて…」
志那の声には、いつもの元気さとは裏腹に、少しだけ困惑が混じっていた。私も同じだった。あの日の出来事が、私と祐希だけの問題じゃなくて、周りを巻き込む何か大きなものに変わりつつあるような気がした。
「ねえ、涼。そろそろ学校来れる?私、涼がいないと寂しいよ。一緒にいた方が安心するし…」
志那の言葉に、私は少し迷った。まだ祐希に会うかもしれないと思うと怖かった。でも、このまま部屋に閉じこもっていても、何も解決しない。志那の優しさに背中を押されるように、私は小さく頷いた。
「…うん、わかった。明日から行ってみる」
「ホント!?やっと会える!よかった…」
志那の声が弾んで、私は久しぶりに小さく笑った。
翌日、私は少し緊張しながらも制服を着て、家を出た。母が「何かあったらすぐ連絡してね」と念を押してきたけど、私は「大丈夫」とだけ答えて学校に向かった。
校門をくぐると、懐かしい校庭の景色が目に入った。あの日の放課後を思い出すと、少し足が重くなったけど、志那の笑顔を想像して気持ちを切り替えた。教室に着くと、志那がすぐ駆け寄ってきて、私の手を握った。
「涼!本当に来てくれた!よかった…」
「うん、ありがと。志那に会えて安心した」
でも、その安心も束の間だった。教室の空気がいつもと違った。クラスメイトたちが私を見ると、どこか遠慮がちに目を逸らしたり、小声で何かを囁き合ったりしている。志那もそれに気づいたみたいで、少し眉を寄せた。
「ねえ、涼。あれ見て」
志那が指さしたのは、教室の後ろにある掲示板。そこには何枚かの紙が貼られていて、近づいてみると、私の名前と祐希の名前が書かれたメモのようなものだった。
「涼と祐希、どうしたの?」「あの日の放課後、何かあったよね」「祐希くん、転校するって本当?」
そんな言葉が乱雑に書かれていて、私の心臓が一気に冷たくなった。誰かが噂を広めたのか、それともあの日のことを知った誰かが書き込んだのか。分からないまま、私はただ立ち尽くしていた。
「何これ…気持ち悪いよ。涼、大丈夫?」
志那が私の肩に手を置いて、心配そうに覗き込んできた。私は震える声で答えた。
「…うん、でも、ちょっと気持ち悪いかも」
その時、教室のドアが開いて、担任の先生が入ってきた。先生は私を見て、少し驚いたような顔をした後、すぐに掲示板に目をやった。そして、何かを察したようにため息をついて言った。
「涼ちゃん、おかえり。…ちょっと後で職員室に来てくれるかな。話したいことがあるんだ」
その言葉に、私は嫌な予感しかしなかった。志那が「一緒に行こうか?」と聞いてくれたけど、私は首を振って一人で職員室に向かった。
職員室に着くと、担任と学年主任の先生が待っていた。二人の表情は真剣で、私はますます緊張した。
「涼ちゃん、座って。実は、祐希くんのことなんだけど…」
先生の口から出た言葉に、私は目を丸くした。
「祐希くん、昨日、家族と一緒に引っ越してしまったんだ。急なことで、私たちも驚いてるんだけど…」
「引っ越し…?」
予想外の事実に、私はただ呆然とするしかなかった。あの日の祐希の行動が、彼の家族にまで影響を与えたのか。それとも、別の理由があったのか。先生は続けた。
「涼ちゃんに何かあったことは分かってる。あの日のことは、私たちもちゃんと調べて、祐希くんと彼の両親とも話したよ。でも、彼の家族が決めたことだから、私たちにはどうすることもできなくて…」
先生の言葉を聞きながら、私は複雑な気持ちになった。祐希が消えてしまったことへの安堵と、彼にちゃんと向き合えなかった後悔が混ざり合って、胸が締め付けられるようだった。
「涼ちゃん、あの日のことは忘れてもいいんだよ。これからまた、楽しく学校に来てほしいから」
先生の優しい言葉に、私は小さく頷いた。でも、心の中では、あの日の低木の中での出来事が、ずっと消えない傷として残り続けるような気がしていた。
それから、私は学校生活に戻った。志那や他の友達と一緒に笑ったり遊んだりする時間が増えたけど、時折、祐希のことを思い出す瞬間があった。彼は今どこで何をしているのか。私をどう思っているのか。そんなことを考えるたびに、心のどこかが疼いた。
こうなってしまったのは、いつからだろう。あの日の放課後が、私にとって大きな分岐点だったのかもしれない。そして、その傷は、時間が経っても完全には癒えないまま、私の中に残り続けていた。
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