あなたのしあわせを心から願う。
「おでかけ、か」
先日元貴がソロ活動の再稼動を宣言し、SNSにコメントを寄せた。即日話題となったそのコメントをぼんやりと見つめながら、色々なことを考える。
「帰る場所……ねぇ」
元貴に直接尋ねたことはないけれど、フェーズ1終了後の休止期間中にやったソロ活動のときにはそんな風に思っていなかったんじゃないだろうか。
なんというか、必要に迫られて、がむしゃらにやれることを全部試していたというか。心に余裕がなくて、踠いて足掻いて、どうにか立っていたような。何かをやっていないと立っていられないような、そんな不安定さがあった感じがする。ソロ活動も自分自身を演出する方法のひとつに過ぎなかった、というか。
もちろん、あのもがき続けた期間を否定する気は微塵もない。あれは確かに必要な時間だった。僕にとっても若井にとっても、Mrs.というグループにとっても。
そうするだけの理由があって、そうしただけの価値があった。結果論だけれど、あれは不可欠だった。
不安がなかった、なんて言わない。毎日涙するくらいには不安しかなかった。どれだけ元貴を信じていたって、未来が見えないんだから不安にはなる。でも、やることは決まっていた。だから、あの期間は止まっていたんじゃなくて、あの期間“も”、僕らは前に進んでいた。
メンバー編成で内部に変化が訪れたとき、休止を後悔するような元貴を諌めて背中を思いっきりどついたのは僕だ。
休止の決定は元貴にとって必要で、Mrs.にとって大きな意味のあるものだと思ったから。立ち止まるのではなく、進むために視点を変えないといけないと思ったから。僕たちらしくやりたいことをやる、そういった人生を送るために。
その結果が今の僕たちでしょ、って笑い合うことができて本当によかった。
元貴の帰る絶対的な場所を作ることができて嬉しいなぁと思う。帰る場所があるって思わせることができて、心から安心する。
ふふ、と笑って、その後のコメントには眉を寄せる。
「心身の健康かぁ」
こっちでは、あまり役に立てそうもない。
大きな可能性と才能を持つあまりに、世界から取り残されるのではなく、先に進みすぎてしまうが故に多くのものを取り残す末の孤独感。しまい込んでおきたいのに大切なものを取りこぼしていくっていう喪失感は、知ろうとして知れるものじゃない。
元貴は言葉を使って自分の中にある何かを表現するのが巧みなんじゃない。
言葉と音楽に落とし込まなければ“生きていけない”のだ。自分の中に生じた衝動を言葉や音楽にして吐き出さなければ死んでしまうのだ。生きるために、生きていくために、息をするように音楽や言葉を創り出す。
その時々の情動を表現する適切な言葉が見つからなくて苦しい想いを強いられることもある。満たされないものがあるから、また、言葉が生まれていく。言葉に音を乗せて、映像を付加して、元貴はやっと呼吸ができるのだ。たった独りで、大きな世界と闘っている。
その苦しみの成果が楽曲であり、映像であり、彼自身の存在だ。
制作のさなかに訪れる孤独に、僕は寄り添えているんだろうか。
“Mrs.のボーカル”ではなく、“大森元貴”という一人の人間が帰る場所になれているんだろうか。
これもまた、尋ねることはできそうもない。困らせるだろうと分かっているから。元貴はなんだかんだ優しいから、僕の望む答えをくれてしまうから。
多忙さに忙しさを上乗せした元貴は、僕の誕生日の今日、家に帰ることができるか微妙なところらしい。
当日じゃなくても祝ってくれようとする気持ちが嬉しいからそれはいいんだけど、無理はしないで欲しいなぁと思う。「おめでとう」のメッセージは、日付が変わるのと同時に元貴からも若井からも送られてきたし、それだけでも充分に嬉しいんだから。
元貴と恋仲になってから今年で七年だ。その前から告白はされていたけれど、まだまだバンドも軌道に乗り始めたばかりの不安定な時期だったし、何より元貴は高校生だった。せめて卒業するまで、と想いに応えるのを先延ばしにしていた。
出会って十年余り、その多くの期間を恋人として過ごしてきたけれど。
自信がないとか卑下しているとかじゃなく、僕は元貴に何かしてあげられているんだろうか。
Mrs.は僕と若井も居て初めて完成するってみんな言ってくれるけれど、音楽を取っ払ってただの藤澤涼架になったとき、何ができているだろう? 幼馴染みの若井は元貴と通じ合っている部分が多くて、言葉を語らなくても繋がっている。
――――なら、僕は?
「あ、藤澤さんまだいた! よかったー」
答えの出ない思考の海に潜りそうだった僕を止めたのは、厚めの郵便物を持ったスタッフさんだった。
「どうかした?」
「大森さんから郵便物が届いたんです、藤澤さん宛てに」
「……元貴から?」
いくら忙しいとは言え、顔を合わせる機会はいくらでもあるのに?
首を傾げる僕に郵便物を手渡すスタッフさんも不思議そうな顔をしている。
「でもこれ、五年前に出されたものみたいで」
「どういうこと?」
「タイムカプセル郵便っていうみたいです」
受け取ると、封筒の表面にタイムカプセル郵便っていう記載と、受理した日付が書いてあった。
2020年5月19日……五年前の僕の誕生日だ。
「え、なにこれ、すご!」
タイムカプセルって響きだけでもちょっとテンションが上がる。
若井も今日明日お仕事だから誕生日会は別日に設定されているけど、誕生日当日を大好きな彼らと過ごせないことが寂しくないと言ったら嘘になる。
でも、このタイムカプセルのおかげでだいぶその寂しさが薄れた。
「お渡しできてよかったです。お誕生日、おめでとうございます」
お疲れ様でした、と微笑んでくれたスタッフさんに、ありがとうございますとお礼を述べて別れる。
家まで送ってもらっている間もご機嫌な僕に、何かいいことあった? 誕生日だもんねおめでとう、とマネージャーさんに祝ってもらい、ありがとーとお礼を返す。
帰宅してご飯を軽く食べ、お風呂に入る。五年前の元貴からのプレゼント? はゆっくりと見たかった。
スキンケアをして、リビングのソファに座り、元貴から送られたという郵便物をしげしげと眺める。
手紙にしては分厚くて固い。本か何かが入ってそうな感じ?
「よし、あけまーす」
べり、と密封されていたテープを剥がして、中身を取り出す。プチプチに包まれていたのは、予想通り小さな本だった。
黒い表紙に大きく「Q」というアルファベットと「10」という数字が書かれているのがプチプチ越しに見える。
絵本? でも、作者の名前も絵も何もない。小さなアルファベットが並んでいるけれど、ビニール越しではわからなかった。
「なんかワクワクする……」
うきうきと、ビニールを外していき、表紙を確認する。
『Question 10 LOVE LETTER』
パチパチと瞬いて、らぶれたー、と呟く。
透明のスリーブケースから取り出し、表紙を開く。元貴の字だ。
『32歳の涼ちゃんへ』
一枚めくる。
左のページにはQ.1 第一印象は? という質問。右のページには白い紙が半分に折られ、可愛らしいハートのシールで閉じられていた。
傷つけないよう丁寧に剥がす。
“この人しかいない、って思って、気づいたらバンドに誘ってた。逃しちゃいけない、絶対に手に入れろって俺の本能が叫んだんだよね。”
十年前、前の事務所、名前も知らない幼ささえ残る青年。99%メジャーデビューできる、って断言して、何を言ってるんだろうと思ったけど、何故か笑い飛ばすことができなかった。
気づいたら「いいよ」って言っていたんだっけ。思い出して小さく笑う。
ページをめくると、同じように質問と半分に折られた紙。なるほど、これが十問あるのね。
Q.2 どんなふうに付き合った?
“俺の一目惚れ。めちゃくちゃ早い段階で告白したけど、涼ちゃんが大人の対応してくるから正直かなりムカついてた。高校の卒業式に来てくれて、付き合おっか、って言ってくれたとき、生きててよかったって思った。”
末っ子気質の甘えたな元貴は、一人っ子の僕にとって弟みたいな存在だった。だけど天性のカリスマ性と才能に、繊細で寂しがり屋なのにキラキラと輝く笑顔に、きっと僕の方が先に恋に落ちてた。言ってやらないけど。
Q.3 恋人の可愛いところは?
“存在が可愛い。あえて言うなら、よく笑うところ、すぐ泣くところ、感受性が豊かで、底抜けに優しいところ、えっちしてるときに俺の名前を甘えるように呼ぶところ、俺の作った曲を愛してくれるところ。”
……ノーコメント。名前呼ぶって、元貴の方が呼ぶじゃん。存在が可愛いってマスコットじゃないんだからさぁ……嬉しいけど。
Q.4 思い出すと笑えるシーンは?
“毎日ずっと笑ってるから数えきれないけど、いつもメンバーたちとくだらないことして笑ってる。笑えてる。毎日ひとつ以上笑えるシーンがあるから挙げきれない。”
そうだね。このときも今も、確実な変化はあったけれど、僕たちはいつも“笑えてる”よね。
Q.5 この先一緒にしてみたいことは?
“日本だけじゃなく、海外でもライブしたい。いろんなところに行きたいし、いろんなものを食べてみたい。涼ちゃんとならなんでもやってみたい。”
僕も元貴とならなんでもやってみたいよ、なんでもできると思ってる。それと、海外でライブはできたよ、すごくない?
Q.6 謝っておきたいことは?
“俺のわがままで困らせることがたくさんあるかなって思ってる。独占欲強いし、涼ちゃんのことになると結構視野が狭くなっちゃうから。今も泣かせちゃうし、今後も泣かせることはあると思う。仕事では妥協できないし、俺の人生に全部巻き込んでいくから。ごめんね。”
謝らなくていいよ。時々何に嫉妬してるのかわかんなくて困るときはあるけど、嫌なわけじゃない。仕事に関しては、当たり前のことだよ。僕だって妥協したくない。全部、巻き込んでよ。
Q.7 一緒にいて幸せに感じる瞬間は?
“いつも。一緒にいるだけでしあわせ。”
僕も傍にいるだけでしあわせ。
Q.8 尊敬しているところは?
“人と話すときに真っ直ぐ相手の目を見るところ、俺の考えを汲み取ろうと全部を俺に預けてくれるところ、やったことのない楽器でも練習して絶対に形にしてくれるところ。”
だって元貴の世界でいたいもの。元貴のものでありたいもの。
Q.9 感謝していることは?
“ぜんぶ。同じ時代に生まれてきてくれたこと、音楽をやってくれたこと、俺と出会ってくれたこと、俺とバンドを組んでくれたこと、俺を好きになってくれたこと。涼ちゃんの存在そのもの。”
ああ、もう、言葉にできない。こんなの、僕が感謝していることだ。
Q.10 これから先 どんな二人でありたい?
“今の俺も、五年後の俺も、それから涼ちゃんも、同じことを言うと思う。
「俺たちらしく、一緒に生きていきたい」”
書いてある言葉と、僕の声と、それから。
29歳の僕の恋人の声が重なった。
僕の横に跪いた元貴が、僕の頬に触れるだけのキスをした。きっと僕の頬はしょっぱいだろう。
ふふ、と笑った僕を、元貴がゆっくりと抱き締める。
「お誕生日おめでとう、涼ちゃん」
五年前に比べれば随分と大人になった元貴が、甘く微笑んで祝福をくれた。
「ありがと……五年前の元貴にも、言っておいて?」
「ははッ、……了解」
元貴の指がページをめくる。質問はもうなくて、フリーページらしいそこには大きな字で“愛してる、ずっと”と書かれていた。
「このときの俺より今の俺の方が涼ちゃんのこと愛してるけどね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、「2020年の大森元貴より」の文字に向かって2025年の大森元貴が言った。
「……別れてたらどうするつもりだったの?」
五年前にこれを書いたのなら、今がどうなってるかなんて分かるはずもない。休止はビジョンの中にあったかもしれないけど、そこで人間関係が拗れる可能性だってあっただろう。
僕の質問に元貴はムッと眉根を寄せた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
「もしもの話だよ」
現にこうして付き合っているわけだけど、些細な喧嘩は何度もあったし、別れの危機とまでは言わないけど離れた方がいいかもってことがなかったわけじゃない。
不安というよりただの好奇心での質問に、元貴はふんと鼻を鳴らして、
「ないね。俺が俺である以上、涼ちゃんを手放すわけがない」
と断言した。99%メジャーデビューできる、と言ったときと同じ顔をしていて吹き出す。
「なにそれ」
「涼ちゃんを手放す未来なんて、五年前も十年前も思い描いてないんだって。思い描けないの。涼ちゃんを手放す奴なんて、俺じゃないから」
「僕の方から離れてたかもしれないじゃない」
考えにくいけど、かも、たら、れば、は可能性としてゼロじゃないだろう。
元貴は少しだけ考えてから首を横に軽く振った。
「もっとない」
もう少し悩むかと思ったのに、全否定だ。
「なんでよ」
「言ってるでしょ、手放すわけがない、って。涼ちゃんが俺から離れることを、俺が許すと思う?」
やさしく細められていた瞳から光が消える。怒っているわけじゃないのに、奥底から恐怖が這い上がってくる感覚を覚える目だ。
思いません、と小さな声で返すと、
「俺が帰る場所は、Mrs.と涼ちゃんのところなんだから。これから先もずっと、ね」
そう言って不敵に微笑む顔は十年前から……五年前からなにも変わっていない。
「これからも、変化を恐れるんじゃなくて楽しんでいこうね。今の俺たちにしかできないことを、今の俺たちがやりたいことを、一緒にやっていこうね……、愛してるよ、俺の全てを懸けて」
Happy Birth Day,Ryoka Fujisawa!
あなたに会えて、私は人生が潤いました。
健やかに、日々を楽しく、愛し愛され生きてください。
コメント
7件
ほっこりしました!!☺️ 大森さんと主さんの愛が伝わってきました...!!藤澤さん、誕生日おめでとうございます!!✨
作者様の愛情が本当に詰まってて、今、気持ちがポカポカほっこりしてます🌼 私も、🍏、💛ちゃん、作者様の作品に出会えて、本当に感謝です✨人生が潤いました🫶
素敵なお話ありがとうございます✨ 元貴さんと作者様の涼ちゃんへの高く深く大きい愛が感じられて簡単にコメントするのは如何なものかと思ってしまったのですがしてしまいました😌 彼が、彼らが楽しく幸せな時間を過ごせてるといいなと思いますね💕🫶🏻️︎