星崎視点
「ふうっ⋯⋯」
結局は昨日の優里さんの様子がおかしい。
ということしか分からなかったが、
いちいち気にしている余裕がないほど、
僕は仕事に追われていた。
今日は深瀬さんと同じ現場で、
彼の補助をする予定だ。
正直あのことがあったため、
優里さんとは気まずかったこともあり、
彼と同じ現場ではないことに安心していた。
深瀬さんとは3年の付き合いで、
仕事上は先輩で、
ご飯を一緒に食べるプライベートな付き合いもある友人だった。
彼といると自然と空気が和む。
藤澤さんとは違うタイプだが、
安心感のある人だ。
「よし!
全員集まったね。
じゃあ今日はーーーー」
スタッフにそれぞれ役割分担を割り振っていく。
いつも通りの忙しなさが始まる。
今日は新曲のMV撮影だ。
生で新曲が聞ける楽しみはあったが、
多分ゆっくりとは聞けないだろう。
僕たちは深瀬さんが現場入りしたら、
すぐ撮影へと挑めるように、
機材の準備を済ませておかなければならない。
それはお互いに気持ちよく仕事ができる関係でいるためのマナーだ。
一つ一つの機材を丁寧に確認しながら運び込んでいく。
セッティングが終わるとすぐに機材トラブルを防ぐために、
不具合が起こらないかなど機材の状態をチェックする。
(特におかしなところはないな)
あとは本人が到着したら撮影開始だ。
いよいよかと気が引き締まる思いがする。
僕は裏方の仕事でこの瞬間が一番好きだ。
もちろん下手にミスれないプレッシャーはあるのだが、
適度な緊張感が心地いい。
「たっくんおはよう!」
「ふーさんおはようございます」
僕たちは名前よりもあだ名で呼び合う気取らない関係だった。
付き合い自体は短くとも、
個人的には優里さんよりも親密だった。
彼とは実績の差がありすぎて、
どうにも気後れしてしまい、
優里さんの前ではあまり素を出せないでいたが、
深瀬さんの前だとかなり素がでていた。
相手との親密さはあくまでも関係性であり、
一緒の過ごした年数ではない。
「僕では頼りないかもしれませんが、
全力を尽くしますので、
一緒にいいものを作りましょう!」
それでも仕事の経験値は深瀬さんの方が高いため、
敬意を払って声掛けをする。
「何言ってんの。
頼りないどころか期待してるからね」
いつも通りの明るく優しい声が返ってくる。
彼に「期待している」と言われると、
やはり緊張よりも嬉しさが勝つ。
そこも気心が知れた関係だからだろう。
そうでなければ、
期待を圧に感じてしまう。
カメラは正面に1台、
真横が左右で2台で、
計3台のカメラを使うことになっている。
いよいよ撮影が始まり、
徐々に緊張感が高まってきた。
リテイクも数えるほどで、
心配していたような目立った機材トラブルも特になく、
僕の中ではつつがなく撮影が進んでいると思っていた。
しかし、
肝心の映像を確認していた時だ。
正面は特に問題もなく綺麗に撮れている。
右側のカメラも、
彼らの魅力を最大限に引き出す仕上がりになっていた。
問題は左側のカメラだ。
撮影中どうにも一人だけ、
ずっと動きがおかしかった。
案の定ピントが合っていなかったり、
メンバーの顔が途中で見切れていたり、
とても使えるような物ではなかった。
内心やっぱりかと確信した。
(この人⋯社長が贔屓にしているスタッフだ。
嵌められたか)
意図的に妨害されたと気づくが、
どうにかして、
彼に撮り直しを要求しなければならなかった。
これをどう説明しよう。
彼には社長と折り合いが悪いことを話していなかった。
最初からの説明は時間がかかりすぎてしまう。
それでは撮影どころではない。
僕が唸りながら焦っていると、
心配した彼が歩み寄ってきた。
まずい。
正直に撮れていなかったって言う?
嫌な顔をさせてしまうだろうか?
どうしたら大きな問題にならずに交渉できるだろうか?
僕の頭の中は一瞬で混乱状態になる。
「すいません!
僕の不手際でカメラがーーーー」
「違うでしょ?
彼⋯だよね」
深瀬さんの視線が、
問題を起こしたカメラマンをしっかりと捉えていた。
え?
まさか撮影中の異変に気づいていたのか?
現場の空気が一気に鋭くなる。
誰も口を挟めないほどにピリついた空気感が漂う。
最悪な状況だ。
こうなることを避けるために動いていたはずなのに、
やらかした。
裏方が表の仕事を止めるだなんて、
こんなの完全に僕の失態だ!
「それで⋯⋯君は謝らないんだ?」
ギロッと今まで見たことのない冷たい目で、
深瀬さんが睨む。
僕は初めて彼が怖いと思った。
完全に彼は怒っている。
現場の空気の重さは最悪のものだった。
どうしたらいい?
なんと声をかければいいのか分からない。
「それにたっくんもたっくんだよ」
呆れたように深いため息をつき、
彼はさらに言葉を続けた。
「身内を庇うのは優しさじゃないよ。
本人のためにならない。
分かるよね?」
⋯⋯⋯あ、
そう言うことか。
彼はあくまでも、
カメラマンのことを責めていたわけではない。
本当のことを隠して、
失態を庇ったことに怒っていたのだ。
本人に謝罪させなかったから、
彼はそれだけ僕のことを本気で叱ってくれた。
そのことに彼が気づかせてくれた。
(やっぱりふーさん以上の先輩はいないな)
雫騎の雑談コーナー
はーい!
お待たせ(?)しました。
ふーさんこと深瀬さんの初ご登場です。
格好いいっすよね。
そんじゃあいきますか。
本編はまあこんな感じですわ。
星崎がMV撮影の補助をしていたわけですが、
スタッフの中に社長が贔屓するスタッフがいて、
案の定と言うかやっぱり妨害されるわけです。
いや⋯そんな暇あるなら仕事してくれと思っちゃいますよね。
でも自分が担当する現場なものだから、
例え妨害相手であっても常にスタッフのミスを庇う星崎は、
当然のように彼を咎めないんです。
書きながら突っ込みましたよ。
「星崎⋯あんたは神か仏様なのか!?」
ってね。
星崎はね身内にベタ甘に甘いんです。
怒りはどこ行った?ってくらい、
優しすぎるほど優しいんです。
でもそれじゃあ本人のためにはならないっていう、
深瀬さんの発言も的を射ているからごもっともなんですよね。
情けは人の為ならずって言葉がありますからね。
どっちが正しいかじゃないと思います。
優しさと厳しさは人を成長させるためにはどっちも必要ですから。
多分どっちも正しいのかもね。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!