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鬼化の流行が確認されてから、
村と村の境界は意味を失いつつあった。
かつては田畑を分け、
家と家を繋いでいたはずの道が、
今では「危険地帯」を分ける線として
扱われている。
人の移動は減り、交易は止まり、
噂だけが速くなった。
――隣村が一夜で壊滅したらしい。
――川沿いに鬼が群れを作っている。
――鬼化は“感染”する。
確証のない言葉が、
確実な恐怖だけを増やしていく。
国が動いたのは、そのさらに後だった。
正式な布告は短いものだった。
「鬼化者の発見次第、隔離・討伐を認可する」
それだけ。
だがその一文が、世界の形を変えた。
そして同時に生まれたのが――鬼狩りである。
鬼狩りは軍でもなく、警察でもない。
村ごとに配置される独立した実働役職。
鬼化した人間を“討つ”ためだけの存在。
刀を持ち、現場に向かい、判断し、斬る。
それが彼らの全てだった。
暁月は、その制度が整えられていく
過程を 見てきた一人だった。
最初は訓練だった。
木を斬り、藁を斬り、獣を斬る。
次に模擬戦が行われる。
そして最後に――“人に近いもの”が対象になる。
その段階で、多くの者が辞めた。
目を逸らす者。
刀を握れなくなる者。
吐き気をこらえられなくなる者。
それでも残った者だけが、鬼狩りになった。
「正義だと思うか?」
訓練場で、教官がそう問いかけたことがある。
誰も答えなかった。
正義という言葉は、
あまりにも軽く聞こえたからだ。
教官は続けた。
「違う。これは正義じゃない。仕事だ」
「守るための仕事でもない。減らすための仕事だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
できなかった、と言った方が正しい。
暁月はその場にいた。
まだ若く、まだ迷いを残していた頃だ。
ただ彼は、その言葉を否定することも、
肯定することもできずに立っていた。
やがて訓練は実戦へと移る。
初めて鬼化者と対峙した時のことを、
暁月は今でも覚えている。
それは人間だった。
声も、目も、震え方も。
だが額には確かに角があり、呼吸は荒く、
視線はどこか焦点を失っていた。
「助けてくれ」
その言葉を最後に、相手は牙を剥いた。
その瞬間、世界は切り替わる。
*人として見るか、鬼として見るか。*
迷いは刃の遅れになる。
教えられた通りに、暁月は刀を振った。
終わった後、手は少し震えていた。
だが誰もそれを咎めなかった。
むしろ言われたのは別の言葉だ。
「よくやった」
「これで村が一つ救われた」
救われた。
その言葉が、暁月の胸に静かに沈んだ。
それは救いなのか、それとも別の何かなのか。
答えはまだ出ていない。
だが確かなことが一つある。
この仕事は、終わることを前提としていない。
鬼がいなくなる日が来るのか。
それとも人間が“鬼”を作り続けるのか。
その問いに誰も答えられないまま、
制度だけが完成していく。
鬼狩りは、村を守るために生まれた。
しかし同時に、それは人間が
“何かを切り捨て 続けるための仕組み”
でもあった。
そして暁月は、その中心に立つことになる。
まだ、その意味を知らないまま。
コメント
1件
うわあ……重い、でもすごく美しいプロローグだった……。 「鬼狩り」って単語だけでかっこいいイメージがあったけど、実際は“減らすための仕事”で、“切り捨て続けるための仕組み”なんだね。 暁月の手が震えてるシーン、すごくリアルで胸がギュッとしたよ。 誰も正義って答えられなかったのもわかるなあ……。 これからどうなるんだろう、続きが気になりすぎる🥀🤍