テラーノベル
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指定された日は、朝からみぞれ交じりの冷たい雨が降りしきる、骨まで凍えそうな寒さだった。帰りが雪道になる事を心配して、正源は電車で東京郊外の国防軍陸上部隊の駐屯地に向かった。
最寄の駅から駐屯地の正門まで、五分ほどの距離だったが、傘を持つ手がそれだけでかじかみ、つるつるに剃りあげてある正源の頭を容赦なく寒風が吹きぬけた。
まだ若輩なのに、あまり偉そうに見えては、と思って僧侶用の頭巾を被らずに来た事を、正源は心底後悔した。
正門の前の詰所の軍人に用を告げると、いかめしい鉄製の門扉が左右にスライドして開き、軍の礼服を着た将官らしい四十代とおぼしき男が出迎えた。
軍服姿の男女が行きかう敷地内を横切り、倉庫らしき建物の中に案内された。まだ若い軍人の男が一人待機していて、二人を建物の一角に誘導した。
歩きながら将官の男は正源に説明した。
「自衛隊から国防軍に昇格して以降、最新技術の導入も進みまして。これからお見せする物は、現場の兵士たちにとっては、いわば戦友のような物なのです」
そして目的の場所にたどり着き、そこに並べられている物を見て、正源の顔がにわかに険しくなった。
「立ち入った事をお尋ねしますが」
正源は丁寧な口調で、しかし決然として訊いた。
「これは昨年の軍事介入で使用された物ではありませんか?」
将官の男は、一瞬口をへの字に曲げてしぶしぶ答えた。
「お察しの通りです」
正源は小さく頭を下げて将官の男に言った。
「まことに申し訳ありませんが、このお話はお受けいたしかねます」
将官の男はその反応を半ば予期していたようで、不快そうな様子は見せなかったが、それでも一応食い下がってきた。
「そこは日本国民のお一人として、なんとかご理解いただきたいのですが。確かに世間一般では、なにかと批判があるのは承知しております。しかし、あれは国際連合の決議に従った、必要最低限の行為でありまして、決して人の道に外れたというような物では……」
「いえ」
正源は右手を上げて将官の言葉を遮った。
「人の道うんぬん、というような事ではございません。拙僧のような一介の寺の住職に、そのような事に口を出す資格はないと心得ております」
「では、なぜ……」
「それとは別に」
正源は将官の顔に視線を向け、もう一度頭を下げながら言った。
「私ども坊主には、従わなければならぬ、仏の道という物がございます。なにとぞ、そこをご理解いただけませんでしょうか?」
将官の男は数秒沈黙し、そして引き下がった。
「分かりました。こちらこそ、わざわざお呼び立てして申し訳ありませんでした」
それから案内してきた若い兵士に命じた。
「君、このお坊様を、正門までお見送りしてくれ」
駐屯地を去った正源は、久々に都心に来たこの機会に、確かめておきたい事があり、ある繁華街行の地下鉄に乗った。
あの北関東の街で、性風俗用の女性型ロボットを供養して以来、正源は世の中の動きが気になっていた。
まだ午後五時前の時間帯で地下鉄の中は空いており、正源は鞄からタブレットPCを取り出し、以前手に入れた電子書籍をもう一度読み返した。
十八歳未満の少女を売り物にする、JKビジネスなどと呼ばれた違法な性風俗を根絶するため、若い女性そっくりの外見をしたヒューマノイド型ロボットを使う新しいその手の業者が激増したという話は事実のようだった。
だが青少年の「身売り」は無くなったわけではないそうだ。法律でロボットの使用が義務付けられている危険な工事現場で、高価なロボットを傷つけたくない土木業者が、未成年の男の子を違法に雇って働かせているらしい。
その電子書籍の内容によれば、根本的な貧困対策が取られなかったためだと言う。今度は十八歳未満の男の子たちが全く違う意味で「体を売っている」というわけだ。
コメント
1件
第30話読了したよ〜!😭✨ 正源さん、国防軍の依頼断るシーンがめっちゃかっこよかった…!「仏の道」って一言で将官も引き下がらざるを得なかったの、僧侶としての信念がビシビシ伝わって痺れた。でも後半の地下鉄で読んでる電子書籍の内容が重くて、社会問題にもちゃんと切り込んでるのがこの作品の深いところだよね。正源さんの視点で語られる世界の歪み、考えさせられる…。続きが気になりすぎる!🌸